Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。伊勢正三的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。

2025/08    07« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  »09
"罪になる恋"・・・って相当な背徳だと思うのだが、それが"向かい風"の中で無事に正当な未来を得るのは、、本当はすごく難しいことではないだろうか。

この二人は今どんな状況なのだろうって、何度も何度もリアルを想像しては煩悶し、今に至る。何かを壊してまで先に進みたいのかな?と、、、壊してしまうと、壊した方も激しく壊れるから、その点で二人の気持ちは果たして一致しているのだろうか?と。

彼女の

「楽しかった」とうつむく
「でも寂しい」と微笑む

に、最初の最初はモノスゴク切なくなって胸がグーッと締め付けられたのだけれど、何度も繰り返し聴いていくうちにナゼか、、別れ際に無意識にこんな表情をしてしまう彼女って、実は既にかなりアヤウイのでは?と思うようになった。逆に、意識してこんなアプローチが出来るのだとしたらアザトイなとか、、、今慎重に考え進めているところで、Shoyanの目の付け所の凄さに立ち止まってしまう。

しかし、それに対してそれを「やさしさ」だと思っている彼。しかも未来を信じていて失いたくなくて、何でも引き受けると言い切る少しの楽観に、彼と彼女には意識の温度差があるのでは?と思ったりもする。やはり、男の人のほうが真的にピュアなのかもしれない。

彼女の方はそんな先まで今の自分をKEEPし続けられるのだろうか。一抹の不安を感じてしまう「恋」の歌?「愛」はいまだ完全発芽していないように思えてならない。

冷たい雨の中で朝顔の硬い種のようにヤスリ掛けされているような、痛みを超えなくては辿り着けないもの。彼が肩代わりできないこと、預かれないものがあるようで、彼女、耐えられるのだろうか・・・

この恋は、まだ幼いような気がしてならない。

この純粋な彼の一途さを信じられない私は、、きっと心が汚れているのだろう(汗)。

「今度いつ逢える?」

 が憎くて堪らない(泣)。

「なんでそんなこと、優しい声で訊くの?」って。

さみしくてさみしくて堪らないのだ・・・涙。

この問いがナゼ憎いのか・・・

それは「いつ逢える?」という「予定の成立が相手次第」ということだからだ。

普通なら「ねぇ、今度はいつ逢おうか?」って、二人で同じ位置で話し合うべきところを、「僕(私)はいつでも逢えるのに・キミ(あなた)はいつ都合つけてくれるの?」みたいな偏りを感じてしまう。

言われた側に「逢えない原因がある」と小さく責められたような気がしたのだ。「いつでもイイヨ♪」って気軽に答えられない。。。

無意識に相手に投げかける「小さな束縛」が積み重なっていったらどうなるのだろう?

「束縛」と「束の間」は表裏一体で、また「約束」も守られてこその未来だと思ってしまう、この歌はナゼか、聴く度にいつもザワメく。どこかリアル過ぎるのかもしれないのだ。

・・・

でも「君をつたう滴になる」というフレーズは震えるほど嬉しくて、この彼は本当に彼女のことを愛しているのだと痛いほど感じる。

哀しく・孤独で・びしょ濡れの冷たい泥ハネに汚れて泣く存在に、こんな方法で寄り添うことが出来るんだ!って、凄い表現だ!って、今のShoyanのまっさらな愛の新しいチカラを感じる、凄く深いところから出てきた愛の言葉だと思った(震)。

"約束"って、二人いないと出来ないことだ。でも、二人だから別々のココロだ。Re-bornの他の曲たちと何か一線を画すような、"約束の未来"の理想と現実みたいなものを感じた。


曲間のラップ?と言われる部分、もう少し落ち着いて更に畳みかけて、クドイくらいの口説きのドキドキを壁ドンレベルで囁いてもよかったのでは?と思うケド(欲張り自分)。#白いキャセロールに・・・を想いだして、Shoyanは昔からコレやりたかったんだなぁ♪って、懐かしく想った。もっともっとこういった試みにチャレンジして欲しい!Shoyanの色々なヴォイスを感じたいではありませんか!楽しみにしてこれからも待っているのであります。

・・・

私のような聴き手とShoyanの間に"約束"は一切ない。だがひとりだけの欲する心は常にここにアル。約束しなくても待ち合わせの場所に辿り着いてしまうような、そんな聴き方をこれからもしていきたい。この歌の恋人たちが辿り着く浜辺、その行方を私も見届けたいと思いながらこれからも聴き続けるだろう。


※しかし、「今度何観る?」とか「どこに行こうか?」ではなく「何食べる?」ってスゴクShoyanらしい!と思う。

「食べる?」って凄いフレーズだ。
生々しくて、馴れ馴れしくて、最深部だ。

デートの真骨頂だなと思うのであります。
(溜息)
テレビで放送された今年のサマピの映像を観ていると、Shoyanとおいちゃんの『22才の別れ』の時に画面が引きになり、バックに海を挟んで博多の港の風景が見えた・・・ずいぶん近いように見えた。でも、自分の記憶の中ではもっと遠くに蜃気楼のように浮かんで見える景色がある。

・・・

中学生の時、レンタルレコード店で『windlessblue』と『時は流れて・・・』を借りた。それはカセットテープに録音して大事に大事に何度も聴きました。(録音してよかったのかどうかはわかりませぬ、時効にしてください^^;)

ちょうど修学旅行で京都奈良に行く頃聴き始めたので、windlessblueの曲たちは何故か私に関西っぽさ、旅先感、関東以外の場所を思い出させる。そしてその頃、非常にムツカシイ思春期心理の真っただ中にいたので、懐かしくて寂しくてタマラナイ気持ちと共に今もあるアルバムなのだ。

その、思春期からの距離感を一番感じるのが『3号線を左に折れ』だ。ずっとずっと、私の胸の中で浮いたり沈んだりしながら漂い続けている一曲。

まず、地図帳を広げた。当時の私にとっての3号線は"首都高三号線"であって、用賀や六本木を通って東京タワーへ分岐するあの、都会の足場のような景色なのだけど、、、そうじゃないだろうって思って一生懸命国道3号線を探した。

「ググる」なんて文明の利器(笑)がない頃は、そんなことから始まった幼い探求心だった。「国道3号は九州にある!福岡か~、スゴイ!10号線と併せてぐるっと一周できるのか!」と興奮した。でも「あの街並みが見える遠くかすんで・・・」ってなんだろう、海を見に行ったのにナゼ街並みが見えるの??って、とても不思議だった。

今となっては、もしくはリアルタイムでファンだった人たちには既出で既存のことでも、追っかけひとりぼっちファンの自分にはわからないことだらけだったのだ(涙)。

だから一生懸命地図を見て、3号線を左折して行ける海で街並みが見える場所・・・と探したときに"海の中道"という場所があると知ってすごく感激した。本当にそこなのかは今もわからないけど、ぐるっと回り込んだ砂洲で、しかもアノ!志賀島に続いているところだと知ってなおさら興奮した。それこそストリートビューもない訳で、地図だけ見て本当に色々空想した。

塩辛い砂交じりの風が吹く
さみしい海
季節はきっと秋から冬?

行ったことのない九州の季節ってどんなだろう。Shoyanの故郷は大分なはずだけど、博多湾てどんなところだろう、海の色や砂の色はどんな色だろうって、想いながら、、独りになりたい自分は何度もこの歌の中で独りになった。

こんなにさびしい曲、他になかなかない。数あるShoyanの歌の中でも極度にさびしい一曲ではなかろうか。

ずいぶん後になって、Shoyanが一年大学浪人して博多にいたことがあると何かで読んだか聞いたかした。その時の気持ちが歌に反映されているのかな。この歌はすごく「当事者的」で、目線とかメッセージとか想いのようなものよりも、ただ自分が本当にそこに立ってるだけ・の砂浜の風の"寒しさ"を感じる。ただそれだけで本当に茫漠とした空っぽの自分になれる。それがすごく好きなんだ。

故・羽田氏のピアノのシンプルな伴奏と侘しささえ漂うトロンボーンの音が案内してくれる、誰もいない”季節はずれの海”。本当は細かくアコギやエレキの一音、ドラマチックなドラムも入って、当時の音楽好きな男性ファンなどは凄く聴きこんだんじゃないかなって思わせる豊かな情景。ラストのフレーズはShoyanのヴォーカルが重なって聴こえる。この頃の音楽はみな演奏のアプローチが豊かで、曲を作ったり歌ったり聴いたりすることがとても楽しかっただろうなと思いを馳せる。

・・・

後年、といってももう30歳も過ぎた頃、ある機会があって、初めて博多の街に行くことがあった。用事を済まして翌日、迷わずレンタカーを借りて海の中道へ車を走らせてみた。リアル3号線だ!って表示板を見て大感動しながら走った。

雁ノ巣というところだったろうか、その先の砂浜だったろうか、何もない砂浜はややオレンジがかった白い美しい浜で、広くて、本当に海を挟んでビルやタワーが立ち並ぶ博多という都会の街並みが見えた。それは東京湾のようにギラギラしているわけでもなく、横浜のように余裕かましているわけでもなく、とても素朴な、人の生活感のある優しい都会だった。西の街は歴史が長いからなのか、東京より景色が柔らかい気がする(個人の感想です)。
本当はいけないのかもしれないけれど、持っていた小さなペットボトルに砂をひとすくい汲んできた。ゴミも不純物もない鳴き砂のように綺麗な砂だった。家に帰ってきてしばらくしてから紙の上にあけてみたら、さらさらの砂の中に小さな貝殻が入っていた。泣けてしょうがなかった。

数少ない旅行の経験の中で、この海の中道を訪ねた記憶は本当に忘れ難く苦しくさみしいもので、靴の中に入った砂のようにくすぐったいものです。
っと、自分語りを延々してしまいました。お許しを。


・・・

砂に埋めた二人の記念写真は・・・いつか時の潮が満ちて来たらまたきっと掘り返されて波打ち際に還ってくる。それとも、沖の深い海溝の底へ還っていくのかな・・・37年聴いてもまだ決められない・・・

波打ち際に立つと、目を閉じてみたくなるのは、つい独りに還ってしまうからだ。『bayside eyed soul』の彼女も、つい、一瞬、横にいるその彼のことチョットだけ忘れたんじゃないかナ。
自分以外の存在と出逢って好き合って、ひとつになりたいと思う時、でもそれは自分が"純粋=個"じゃなくなるコト。「きれいなもの」だけでいられなくなるコト。二人が混じり合うにはまだ若過ぎたのかナ・・・(寂)。

・・・

♪しまっておいたストーブ
 もう出さなければいけない季節です

このワンフレーズですべて語れてしまう凄さなのだ。Shoyanのこの熨斗の水引のような見事な締めくくりは、私の胸の中にも切なさを確実にホチキス留めしていく。バチッバチッて。

ちょうどそこで聴こえるトロンボーンの一節が本当に切なくて・・・秋の"慕わしさ"を引き剥がして冬の"諦め"に持っていく。何気ない喪失感が堪らない。涙。

※このトロンボーンの奏者は私の大好きなheartbeatのあの音と同じ新井氏なのか、クレジットの漢字が違うので謎のままなのだけど、同じ人だったら嬉しいな。

毎年この時期にふわっと浮かび上がってくるこの歌は、一度その"寒しさ"を嚙みしめてから、冬に向けて自分を暖め直そうと想う切り替えSONGなのだ。

聴く度に、せつなさのアルバムが厚くなっていく、そんな歌であります。
冷たい雨の一晩が過ぎて
朝に晴れて雲が流れたら
高い山々は半分くらいまで
雪に覆われていた
紅葉の山に白く粉砂糖のように
青空の中で朝日に光って
それはとても美しいものです


私の住む町は周囲を高い山に囲まれている。3000m級のガチな山々だ。それがあまりにも急にそこに在るので、人の暮らす町と大自然の境目が無くて本当に不思議な風景だと思う。台風さえ避けてしまう巨大な物質がそこに在る。

なので、町中にある最新設備の県病院などに防災ヘリで山岳遭難者が運ばれてくる。一刻を争う速さで屋上にヘリが降りてくる様子はいつ見ても緊張するものです。

この、風の『あいつ』という歌が作られた当時は、2019年の今とは全然違う登山環境だっただろうと思う。化学繊維の高機能性ウェアもなかっただろうし、スマートフォンもGPSもない、雪崩ビーコンもない、登山靴やロープの品質だって全く違うものだっただろう。食品だって今みたいな多彩なインスタント・レトルト食もなかったよね。

この歌の彼は、どのようにして「山に還っていった」のかはわからないけれど、当時は救助の様子だって全然違っただろうと思う。とても些細なことで遭難が成立してしまっただろうし、捜索も救助も困難だったはずだ。今はその3000mの山頂からほんの数分でヘリで病院の屋上に運ばれてくるというのに。

現代だったら助かっていたかもしれない・・・
だけど、だから、彼の存在はそのまま山の一部になって、そこでそのまま"そっちの世界の者"になったのだ。もちろん今だって収容されず行方不明のままの人もいる。でも、この頃は大自然の中での死が、今よりもっともっと身に近いものだったのろう。
そんな、環境の変化・移り変わりを最近はこの歌によく感じるのです。

※還っていったのはこの彼の身体なのか、魂だけなのか、それはわからないけれど。

・・・・・

ウチの店によく来てくれる近所の年配男性がいる。私の父と同じ世代の方で、今はおひとりでお住まいでいらっしゃるので外食もよくされるのである。仮にYさんとお呼びする。

その来店時にはいつも色んな武勇伝を聞かせて下さるのだが、先日、海外の高峰で遭難死したある若者の話をしてくれた。
(当時、全国ニュースにもなった)

亡くなったのはそのYさんの旧友の息子さんで、第一線の登山家だったのだ。その彼はYさんも小さい頃から一緒に遊んだり、可愛がりつつ成長を見守り続けた若者だった。その法要が最近あったと話してくれた。

その彼のことをYさんは思い出話の中でしきりに「あいつは」「あいつが」と呼んでいた。『夏この頃』でも"山で死んだ"のは"あいつ"だったよね。

"あいつ"って言うフレーズは悲しい。
その当の本人はそこにいない・ってことだものね。誰かと誰かがそこにいない人のことを話す時に使うフレーズ・・・しかも、かなり遠い何か隔たりがある人のこと。

もう死んで会えない人のことを、恋人や友人はどんな思いで語ればいいのか・・・しかも若くして亡くなったりして"ただそれだけのはなし"と淡々と捉えなければ、どこまでも底のない悲しみに引き込まれ続けてしまいそうだ。距離を置かねば、、、そのやるかたのなさに後を追ってしまいたくなる場合もあるのではないか。

"あいつ"という言葉の"距離感"を具体的に気付いた今日この頃。
この歌のイントロは雪解け水の小さなせせらぎみたいで、人の命を奪う山と、誘う山の眩しさが綺麗だ。

「忘れちまえよ」と言いながら「また山で迎えよう」と、忘れきれない大切な友人、知人、恋人・・・一人の人間の死は、大自然の中ではひとつの事象にすぎないけれど、生きていく人間にとっては本当に深くて抜けない心のくさびだ。しかも、登山はある意味当人が積極的にそこへ近づく作業だから、どこか、否定しきれないその別離なのだ。♪山男にゃ惚れるなよ(山男の歌)という歌があるけれど、そのリアルな答えがここにある。

私は個人的にはこの恋人だった彼女は、本当にちゃんと忘れることが出来ると思うのだ。忘れるということは「なかったことにする」わけではない。その、距離を受け入れるってことだ。「思い出一つ何も残さない」なんて、でもそれはやはり「愛」ならば残っていると思うのだ。彼女はそれをちゃんとわかって忘れて、先の人生を生きていくのだと思う。

・・・・・

歌を作った当時のShoyanの身近にそういう人がいたのか、どこかで目にしたニュースからなのか、それとも純粋にShoyanの編んだ物語なのか今の私にはわからないけれど、Shoyanが永い間かけて色々な場面で計って(測って)きたもののうちの、"死んでしまった存在との距離"を想う歌だ。物質がない・時間もない・距離と言えない距離を表す言葉かもしれない「あいつ」。

・・・・・

今この山深い町に住んで高い山に囲まれていると、毎日のように登山関連のニュースも目にするし、周りに登山を日常の趣味にしている人が沢山いる。遭難のリアルを事細かに知ることが出来ると、人の生命と運命と大自然が同時に存在してるのがよくわかる。

生きることと死ぬことは表裏一体なのだと
確認したくてみんな山に登るのかな?
昔も今も・・・

こちらからその雪の頂はよく見えるけど
そちらからこの小さな私が見えますか?


山を見るたびに、いつもそう想います

2009年09月25日記に加筆
 

※※「あ・い・つ」の意味って、私思うに「あそこに いる やつ」のこと、ってことにしておきたい(*´ω`)。
ここじゃない、あそこにいる人のコト。


誰でも自分だけの景色・匂い・想い出みたいなものを気持ちのどこかに持っていると思う。

この歌は私の中のそういう大切な部分を暖かくしてくれる特別な歌だ。初めて聴いた頃から特別大切にしてきた歌だし、もう「さそり座」と言う単語が出てくるだけで嬉しくて、ずっとフェイバリットな歌。今年も暖かいココアを飲みながら聴きたい。

・・・・・

なんてデリケートな唄い出しだろう。
なんて優しいShoyanの声だろう。
20代のShoyanの声だ。
まるで処女のような声だ。

♪土曜日へと流れる~

の「どよおび」の響きが大好き。

自分が生まれた季節ってどうしてこんなに好きなのだろう?私は11月から12月にかけての晩秋の頃が一番好きだ。そして自分の生まれた土曜日が好きだ。晩秋の土曜日は私が一番ほっとする日。正確に言うと私の誕生日は11月2日なので、この歌よりちょっと早いかもしれないが、今自然がいっぱいの鄙びた町に住めば、秋の山や空の美しさがより一層に私を慰めてくれるのだ。

※近年、Shoyanご本人は秋は体調がすぐれないから苦手っておっしゃっていましたが・・・(^^;)

・・・・・

この歌では何月何日に誰が生まれて、何の花が甘く香っていたのか具体的には書いていない。でも密かに用意されているキーワードが聴く側にピンとくるものがあるんじゃないだろうか。決まりきったただの"描写"じゃ捉えられないものをShoyanはそっと埋め込んでいるはずだ・と思いながら聴いている。

ゆく秋を懐かしむ窓辺の花はなんだろう?
姿はサザンカ?
香りは少し早いキンモクセイ?
それとも祝いのユリやバラのブーケだろうか。
ヒヤシンスには少し早いね。
庭の小菊も綺麗だけど。

70年代の半ば頃にあった花を思い出してみる。今みたいに多種多様の凝った品種はなかったと思う。懐かしい昔のスタンダードな花たち・・・そんなことも今になると考えてみたりする。

私の幼き日、通っていた幼稚園の庭のザクロ、友達の家の池の睡蓮、国道の排気ガス、絵の具のレモン色、肌色、ビリジアン。若い母と父がいた借家の、縁の下のカタバミやデージー。オケラがいたブロック塀の下。未舗装の道を抜けて川縁のサイクリングロードに出るススキの原。遠くには雪を頂いた連峰・・・
今住んでいるところとよく似ている。だから、いつまで経ってもこの歌が懐かしい。
私が数あるShoyanの歌の中で大切にしているいくつかのフレーズ、その中でもかなり上位にある歴史のある言葉。

♪もうそれは還らない日々だけど・・・

父の仕事の関係で幼稚園時代を福島という地方都市で過ごした。妹二人もそこで生まれた。その東北の小さな都市で自分の雛形は出来上がったのだと思う。でも小学校にあがる前に引越しをして東京(横浜)に出てきたことで、その福島にいた頃のことはぽっかりと私の心の中に小さな世界を作った。

小学校にあがっても、高校生になっても、私はその頃のことをよく思い出したし、折りにつけ懐かしんだ。暮らしぶりに特別な違いがあったわけじゃないのに、子供の頃から子供の頃が懐かしかった。

この歌の「もう還らない日々」はいつのことだかわからない。でも、私にとっての「還らない日々」はその幼い日のことなんだ。この歌を知ってからずっと、このピュアすぎる一曲に自分の想い出も預かってもらってきた。昔、優しい年上のお兄ちゃんに遊んでもらったように子供の私がいる。その懐かしい日からの今を思えば、自分が生まれたことも大切に出来る。
当時のShoyanがどんな思いでこの歌を作ったのかもわからない。でも歌の意図なんて考えないで100%自分のモノにしてしまえるほどこの中の景色は自然だ。こういう歌があるから私は伊勢正三の歌が好きなのだ。"私の中にあるもの"と同じものがここにある・と知った時から私はファンになったのだと思う。

それはこれまでずっと私がShoyanのファンであったことの最大の理由なのです。

・・・・・

この曲のアレンジもとても好きだ。
シンプルで、ちょっと実験的で、挑戦的で、ボーカルがフワっと浮かんで聴こえるようなシンプルさ。ドラムの楔と佐藤準のピアノが牽引する、バックミュージシャンの際の際で「彩る」音が本当に美しい。

Shoyanの声やメロディー・詞を邪魔しない絶妙の存在感でワクワクさせてくれる錦の帯みたいだ。超後追いファンの私は90年代に入ってからスティーリー・ダンの『Aja』を知ったのだけど、それに勝るとも劣らない素晴らしいアレンジ&演奏だと思う。

エンディングに連なる繰り返しは、血がザクザクと沸くような胸の中で石が発火するような熱さが堪らない。ミスタッチギリギリのところで転がるJUN氏のピアノがShoyanが描いた景色を昇華させていく・・・

本当に堪らない。

※結局、佐藤準アレンジが大好きなのかも自分

・・・・・

今から「ゆく」のに
すでに「懐かしむ」秋
本当は寒いのに「暖かい」冬
この頃のShoyanの意識的な折り込みをを感じるフレーズ。同じアルバム内の『冬京』でも冬を越すには「暖かい愛」が必要だと、そして『そんな暮らしの中で』では「寒さの中にかくれているのは暖かさなのだから」と、対比は実は同じもの・という気付きがある。
"冷たさと暖かさ"この反復があるから、聴く人の胸に露が宿るのだ。

暖かいカップからは湯気が立ち
冷たい缶には水滴がつく

何か、そんな発見をこの頃からのShoyanの歌に感じていくのだ。『海風』というアルバムは伊勢正三の"海抜ゼロm"だと思っている私。そのことはまた追々書きたいと思う。

・・・・・

紅葉の華やかな時期は終わり、クリスマスの賑やかさにはまだちょっと早いこの静かな初冬の頃。まだ落ち葉がしっとりとして積み重なる静かな日、自分の事を考えるにはちょうどいい頃だ。

そしていつも毎年、傍にはこの歌があることだろう。セピア色の古い写真のように、暖かく、懐かしいままでずっと・・・。

2005年10月記より加筆
※高倉健氏存命の頃に書いた
 ある時ある日の文章です

・・・・・

♪あぁ、健さんのように強くて・・・

今日はワイドショーもスポーツ新聞も高倉健の映画出演の話題だった。80歳・・・恐る恐るチラ見したらメチャカッコ良かった。素敵・・・

一日中『離婚歴三回』がアタマをグルグルして、仕事中も離れなくて、思い出してはついニヤニヤしてしまった。部屋に帰って、とても久しぶりにかぐや姫の音源を聴いた。この歌大好きやねん!こういう歌を作っているイセショウゾウという人に興味津々で、こういう歌を歌っているKAGUYAHIMEという人たちがとても好きだった。

今、改めて聴くと、この単語選びが本当に可笑しくて、聴きながら大笑いしてしまった。そしたら、なんだか気が楽になった(´∀`)。

女性の様子を例えるのに、男性のヒーローや食べ物・虫!が出てくるのが面白い。本当にこの頃の作者の身の回りのものが目に見えるようで、これは後になったら絶対作れないんじゃないかと思う。クリープ・ゴキブリ・蛍光灯・ふんどし!?・茶わんむし・ざるそば・カマキリ・入れ歯!!etc、etc・・・1971年ならではだと思うんだ♪

でも、後の

♪古いシトロエン マチスの色
  ・・・
   午後の謎めくピノ・ノワール・・・

と、なっても違和感ないのがスゴイ。
私はこの2曲を同列線上の物として捉えている。

・・・と、脱線。
しかし『離婚歴三回』というタイトルもスゴイ。どうして"離婚歴"!?(笑)しかも三回も!結婚じゃなくて離婚が三回ってスゴイ。それを19歳かハタチの若者が作るというその動機が知りたい。

意識して面白い歌を作ろうと作り始めたのか?それとも偶然?キッカケは何だったのだろう。どうしたらこんな面白い比喩を思いつくのだろう?Shoyanの言葉のセッティングって本当に凄い。
しかも、おいちゃんの曲もよく馴染んでいて、サラリと自然でスゴイ二人!

♪長島さんのように燃えやすく
♪茶わんむしのようにさめやすく

って、本っっ当~~に面白過ぎる。・゚゚・(>_<)!!
『僕だめ』の"ダメ語り"もそうだけど、Shoyanのこの状況提供のセンスってサイコーだ!

(後の回文の言葉選びもそうでしょう)
・・・と、ここまで以前に書いておいたのだけど、昨年のHIRO氏に提供の『祈り』や『久しぶりのしょうがない奴だ』『JunkFood』『B級映画のように』『メガロポリスの錯覚』『イノセント・ノベル』『風の日の少年』などなどなど、Shoyanの言葉選びはいつの世もキレキレでまったく錆びない!それはShoyanがご自身の言葉のカッティングナイフをいつも真摯に研いでいるからだ。しかも、他のアーチストも追随出来ない凄まじい静謐な集中力で・・・。

臆病な人は自身のナイフを研ぐのを怖がる。錆びる以前に鞘からも出さないだろう。

ギャグのような 言葉遊びのような、軽やかなものであっても、その言葉のエッジは他と比べようがない。Shoyanの魔法のファセットなのだ。いつまでも、いつまでも憧れてやまないものです(*´ω`)。


※ずいぶん過去の何かのインタビュー記事かなんか(いい加減な記憶)で、Shoyanご自身が「ある占いによると僕は三回結婚するらしいです」とかおっしゃっていたのを目にした記憶があるのだが、ナニソレ不穏!(笑)

と、と、とにかく、
三回も"離婚"するのは容易じゃないよね。
(;´∀`)滝汗

"地平線の見える街"って、どこのことだろう。
"地平線の見えるところ"とは、単なる場所ではない気がする。

・・・・・

とても印象的なイントロ。
12弦ギター?それがとても軽やかで、男同士の・友同士の別れの場面を明るく透かして見せてくれる。別れではなく、旅立ちなのだ・と。

この歌の「カリフォルニアの歌」ってどんな歌なのだろう?西海岸系、昔の歌・洋楽に詳しくないので雰囲気しか推し量れないけど、こういう歌が流れてくる男の部屋なんてイイジャナイ。

"男の気まぐれ"で旅に出るシリーズ。やはりあとに残るほうは切ないね。
でもちゃんとお別れの挨拶が出来て、それがいつかまた未来に繋がる気がする。
きっとこの見送る彼は地元の人で、生まれた場所から出たことのない、長男か跡取りみたいな真面目な人なんだろうと思う。そして旅立っていく彼もまた自由人でありながら、誠実で情に篤い男なのだろうと思う。

「酒と涙の味が同じだった」
「あの頃はとても よかったね」

って、「あの頃」と言うほど以前からここに居たのだろうか・・・

「いつもの気まぐれ」と言うほど旅慣れているようで、でもそれほどこの街は居心地が良かったのかもしれない。

・・・恋もしたのかな・・・?

まるで、古い時代の中国シルクロードの関所や出城で西の方に旅立つ友を送る一編の漢詩のようで、こういう別れの場面に私は非常にグッと来てしまう。

 勧君更盡一杯酒
 西出陽關無故人

 君に勧む 更につくせ 一杯の酒
 西の方 陽関を出れば 故人なからん
 
みたいな・・・
同じアルバムの『君と歩いた青春』とは逆の、"君が男だった"から訪れた素敵な関係。いつ聴いても憧れる。

車好きのようだけど汽車で旅立つ彼は、きっと乗りたい車は外車かなにかで、旅をしながら貯金中なのかな(´∀`)。次に再会する時はこの街にその大きな車で寄るのかな。隣に誰かを乗せて・・・♪

・・・・・

"地平線の見えるところ"というのは、どこか決まった場所のことではなくて、きっと、リミッターのない自由な心のことではないだろか。

制約と、しがらみの多いこの国で・・・遮るものがない清清しい果てしなさ。そんな景色を胸に展開できる人が棲む街が、"地平線の見える街"。
イメージでは地平線が見えるほど広いところって「町」なのではないだろうかと思うのだけど、(ラスベガスとかなら街でもアリだろうか・・・行ったことないけど^^;)この歌はすべて「街」だ。この歌を作った頃からShoyanは「町」と「街」を意識されていただろうか・・・?『遠い街』『アビーロードの街』からKAZEの曲では引用はほとんど「街」だ。(なぜか『ほおづえをつく女』は「町」)この頃は「街」という字が気に入っていたのかナ。


目の前に居るのに「あいつ」と呼ぶのも面白く、でもそれがこの照れ臭さを感じさせてイインだ。以前も書いたけど、この男同士の別れは男女のラブソングよりもある意味キュンとして、Shoyanの情愛の豊かさを想わせてくれる一編だ。
・・・・・

聴けば聴くほど好きになる曲。
聴くほうは残るほうか、旅立つほうか。
どちらに寄り添っても気持ちの良い切なさを味わえる
素敵な歌だと想う。

KAZEのイメージにぴったりで大好きな一曲だ。
さわやかで それでいてセツナイの♪

2011年10月02日 記
※本当はもう少し寒くなったらと思っていたのだが、今載せておこうと思う。2010年のセルフカバーアルバムを聴いて当時想ったことです。

・・・

元のかぐや姫LIVEに収録の『置手紙』が歌われて録音された頃は、私にとっては前世くらいの遥か昔で、まだ幼稚園か小学校一年生の頃のことだから100%想像で受け止めるしかない世界だった。

初めて聴いたのは10代半ばで、確かにハタチ前の身に合わない一大決心をして苦しんで迷ったこともあった。そして飛び込んではみたものの、壊れたり破れたり結ばれたり・・・そのこともこの歌と共に長い事一緒にあったのだけれど・・・そのことは、、もう、いいのかなと思う。

・・・・・

今回、この新しい『置手紙』を聴いていると自分が二つに分裂してしまいそうだ。色んな情報と比較してキッチリ分析しようとする背伸びな自分と、フレーズひとつひとつに自分の個人的な想い出を掘り起こしてしまう妄想ギリギリの自分と・・・二つに分裂して混乱中。だから、上手く書けるかわからないけど、まずは思いつくまま残していきたい。

今回収録された『置手紙』は、最近のライブで演奏・構築されてきたShoyanの、いい意味での"こだわりをうまく漉き込んだ軽やかさ"が良くコーティングされて録音されていると思う。その心音直結のギターフレーズに、細井さんのピアノの結び目が良いアクセントになって、とっても懐深いセルフカバーになったと思う。この歌は単なるカバーではなく、全くの"オリジナル・新曲"として聴いてもいいのでは?と思うほどだ。

歌詞やメロディーは同じでも、何十年!もの月日が流れていれば技術や携わる人間や聴き手の環境の変化は大きい。そしてShoyanご自身の心と肉体とテクニックの進化・変化もおおいにあっただろうと思う。それがどう影響して具現化してくるのか、とても興味があった。

改めて今、スタジオで録音して、Shoyanがイチから歌いなおした時点でそれはもう別の人格(歌格?)を持った第二の音源だと思うんだ。それほどパワフルだもの。そこまで出来る・と確信したから今回こういうカタチに踏み切ったのだろうなって、心の底から納得&感激している。

かぐや姫LIVEフォーエバーのLiveバージョンも、ベストドリーミンのLiveバージョンも、最初の「かぐや姫LIVE」の音源以上にはなっていないような気がしてる。オリジナルの「かぐや姫LIVE」の『置手紙』はとっても良く出来ていて、石川さんのマンドリンとShoyanご自身の哀愁のある若さが軸となって、とても完成度が高いと思うのだ。すでに一応の完結をしている音源だったのじゃないだろうか・・・(LIVEフォーエバーのスキャット部分は今でもスキだけど♪)

だから、その後のライブの音源は"なぞっている範疇"を超えることが難しく、そのまま時間が過ぎてしまったのではないだろうか。

モチロン、いつも全力投球のShoyanのその時その時の思い入れはちゃんと込められてはいると思うけど、2000年ベストドリーミンの音源などは、今回のセルフカバーと比べるとずいぶん音の角度が浅いように思う。

・・・

2010年のこの『置手紙』は濃い。
Shoyanの歌がリアルで近い。
近い・ってどういうこと?

昔の、硬質な透明感のある声も素敵だけれど、ラリックやガレのガラス工芸みたいな柔らかな琥珀色の今の歌声は、聴き手の魂が吸い込まれるような甘い響きを湛えている。Shoyanがこちらに近づく以上に聴き手の魂もそこにスゥっと引き寄せられるからグッと近くなるんだね。
近いというより"一体"と言ってもいいんじゃないかしら・・・

今までの、長い永い時間を経て来ての"本当の大人の男"な感じがとても寛くて切ないのだ。そしてあのギターの弦と指(爪?)が作り出す新しい音・メロディーは、歌詞以上の意思をも伝えてくれる。

だからココが新しい。
新曲と同じ意味を持つんだと思う。
置手紙の"追伸"の部分がここにあるのだと思う。
あのラストのギターは

「今、君はどこにいるの?」
「あの日の僕はどこにいったのだろう」
「そう回顧している間にも時は流れていくのだね」
「ゴメンヨ、今になって好きだよ」
「もう逢えないけど、どこかで許しておくれね」

と聴こえる訳(>_<)・・・

当時の曲は

「何かが巡るならまた逢えるかもしれないけど、さようなら・・・」
「二人でいることは、今の僕にとっては不自然なんだ」

って、そんな一方的な決別の歌だった気がする。
まったくもって置いていかれてる彼女が可哀想過ぎる。
男だけが先へ先へ旅立ってしまう別れだ。
まだ未来に沢山の時間がある、若さの残酷さがそこにあったと思う。

だけど、今回の『置手紙』はその長い旅さえも通り越して時間の果てに辿り着いた者の、振り返りのニュアンスもセッティングしてあるように思う。(それがShoyanご本人の意識的なものか・無意識なものかはわからないけど)


"最後の男の気まぐれ"と言いながら、まだきっとこの彼の物語は先があったに違いない。この時点でこの彼もまだ自分の未来を知らずにこの部屋を出たのだと思う。

「旅の始まりには君がいた」という、やっと今になって振り返ることが出来る、そんな、一巡した恋しさ・懐かしさをこの『置手紙』に想う。
一粒のラムレーズンをギュッと噛んだ時みたいな、甘酸っぱくて鼻に抜ける恋心の揮発を感じるのだ。

セツナイ~・・・

・・・

ギターのトレモロは想い出の街角に転がり舞う落ち葉の行方かな。師走の風に吹かれてクルクルと去るフェイドアウト・・・マンドリンの二本の弦のように垢抜けていないけど、その分、最後のフレットの一本の弦にこの後姿の不器用な愛が滲む。

Shoyanらしい暖かい音だと思う。

しかし何故かこのアルバム、LPレコードを聴いているような気分になるのが不思議な心地良さ♪
ザラっとして天然素材っぽいセンチの演奏。パチッパチっと針の弾ける音が聴こえるような気さえするこの『置手紙』。

2011年01月07日 記
 
※セルフカバーセレクション発売時に書いたものです。

・・・・・

もう何年前になるか、このものろーぐの元のデータで一番最初に書いたのが『夏は知ってる』なのだけど、セルフカバーセレクションをずっと聴いていたら、なんだか無性~にCrosby, Stills&Nashが聴きたくなり、2枚しか持っていないアルバムを発掘してきた。(今まで実家をいくら探してもなかったのに、壊す直前に箱ごと出てきた!)

もう10年近く聴いていないのに、あの頃ピンと来なかったとこまでなんだか今チョット泣ける。
「あれ、こんなに良かったっけかな・・・」って。

『Just A Song Before I Go』 好きだな。

『青い目のジュディ』なんて、私がゼロ歳の頃の音源なのか・・・この、今のShoyanのすべても40年後、50年後まで聴いていたい(涙)。

・・・・・

♪海辺はとても汚れてしまった
  あの頃の二人には 戻れなくて・・・

♪あの頃君と歩いた海辺は埋め立てられて
  砕ける波の 自由さえも 奪い・・・

この歌が世に出た頃=30年前には「戻れない」と思ったその"海"も、もしかしたら、こんな現在は時が一巡して自浄作用みたいなものが働いて、意外と、思っているよりきれいな波打ち際が還って来ているのじゃないかしら・・・

二人はもう、今一緒にはいないかもしれない。
でも"二人の海"はそこで、そのままあの日のままの波を寄せて、反してを何十年も繰り返していたんだ。

こんなに時が経って、その間に様々なものが浄化されて、いつしか澄んだ海辺が戻ってきていたのではないかと、このShoyanの声を聴いていてそんなことを想うのだ。それほど時は流れたのだと、しみじみと想う。
賑わい、発展を遂げて、充ちて満ちて、いけるところまで行った時、得たものも多かったけれど、一番大切なものを汚して・・・去っていく時間。その後に残るのはなんだろう?

たぶん、美しいだけで人生は済まない。
甘い思い出ばかりじゃない。

『スモークドガラス越しの景色』は、歌の中に何か具体的なやりとりがあるわけでもなく、ただ、ほんの少しのアイコンが置かれるだけで、車でハイウェイを移動してゆく様と、過ぎた夏の日が歌われているだけなのに、その、経過とともに浮かぶ想い出=あの頃の二人の、そのほんのりした景色が切ない。ハッキリ見えないから切ないのだ。(だから"スモークド"なのかしら)

記憶はスモークドガラスの向こうにあるように、いつしかシルエットだけになってゆくようで・・・

・・・・・

今は誰も座っていない助手席の空間
その夕映えのドアガラスには
運転する自分が映り込んでいる

明かりの灯り始めた海辺の街並みは
スピードを上げれば流れて去っていき
外が暮れれば暮れるほど
黒くなった窓ガラスに独りの自分の姿だけ映る

そんな本当の"ひとり"に戻ってしまうまで
夕陽が沈んでしまうまでのもう少しの間
君との想い出にしばし浸っていたいのだ

・・・と

Shoyanの紗がかかったような声の重なりが美しくて、その甘い熟した香りと比べると、81年バージョンはまだ青いパパイヤのサラダのようだ♪(あの丁寧さもタマラナイのだけども)今回、この曲が一番原曲と変わらないような気がして、それだけにShoyanご自身に絞ってのアプローチの経年変化が良く比較できると思う。どちらが良い悪いじゃなくて、1981年と2010年がユニゾンで聴こえるのが掛け算の贅沢♪

原曲はもう何回聴いたろうか?
一番最初に買ったソロアルバムだから、きっと生涯一番多く聴いていると思うけど、でも、この2010年のバージョンも全然違和感がなくて正直、驚いているくらいだ。どちらもまさにShoyan!!!81年のいい意味でのソフトネスな輪郭を、今回はシャープネス効かせた感じで、強いタッチ、強いコントラストになったのが少し違うくらいで、陽の色味・潮風の匂い・加速の踏み込み感、それはどちらも同じShoyanの音楽の心地良さそのままだ。それはとても良い事だと思う。最初は「どれだけアレンジが変わったのかな?♪」と、新しいアレンジを楽しみにしていたのだけど、これだけ変わらないのも面白い。だから、時が一巡したような感じを覚えるのだな。

・・・・・

間奏のギターの音がスゴク好き。
アオサギのような大きな水辺の鳥のはばたきと、車線変更のドキドキ感が縒り合わさって2コーラス目へ続く。

♪体預けて 沈んでゆくサスペンション・・・

時折、低い声のときに開く快感がある・・・
Shoyanの歌唱というと、昔から高音に話題が行きがちな気がするけど、今回のアルバムではポイントは低音だと思うんだ。その辺は・・・『渚ゆく』ででも書こ♪

しかし・・・
バンド演奏・編成というのは本当にいい(´∀`)。
音の羅列が音楽なのではなくて、肉体が奏でるバイブレーションが音楽なんだ。そういう音を私は聴きたいんだ・って改めて思わせてくれた今回のセルフカバーだった。

本当に、「歌は人」なのだと思う。
伊勢正三という人の感性と身体を透過して聴こえてくる景色は天然の美しさがある。それは私にとっての故郷でもあるし、そしてどこか自分の胸の中とも同じ景色なのかもしれない・・なんて、今ちょっと子供のように都合良く想っていたりする☆

・・・・・

Shoyanの海は、
やっぱり何年経っても変わらないと思う。
その海岸を走るICのない"時間のハイウェイ"
制限速度は自分で決めていいのかもしれない。

2011年01月29日

プロフィール

HN:
No Name 七氏
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

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