Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0

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最近、昔のアイドル(80年代後半の私とほぼ同世代女優さんなど)の曲をサブスクで聴いています。するとすごく純粋でストレートで切ない歌がたくさんあって、今この歳になってから沁みたりして不思議だなと思っています。当時は興味なかったのに!

そんな中でもまだ”東京”が出てくる歌があったりします。どんだけの”東京商売”なんだろと思いまして・・・

(こういう言い方をするとShoyanの曲の数々にも抵触するのですが^^;この場合はおおまかな括りということでお許しください)


Shoyanの歌をはじめとして、数々の4〜50年前の曲たちを聴いていく過程で常々感じていることなのですが、そんなに東京って特別か!?と思うのです。いや、その頃の歌にとっては特別なのは紛れもない事実なのですが、、、引用頻度多過ぎですよね。

都会ってなんですか??

”首都”というブランドに地方から集まってきた人達が安心を得るための共通価値観を作り上げてきた結果なんじゃないのか?と思ったりします。実はトーキョーは日本最大の”田舎”なのではないか?と。

三代住まないと江戸っ子とは言えないなどと聞いたことがありますが、幕府が開かれてからだから三百年弱。江戸時代は江戸だけでなく都は京で、大坂も都会で、各地には藩があって御城下があって、幕府の支配下にありながらも各地方には独自の矜持があったように思います。(勝手な想像ですが)

今現代のような一極集中のトーキョー幻想はその実、実体のないただの”共通認識”に過ぎないのではないか?はたから見ていてそう感じるようになりました。

Shoyanの歌を長年聴いてきて、その都会の正体・故郷との距離の罪、そんなことをずっと考えてきました。

都会は何でもあるように見えるし、何をやってもいい、上を見ればきりがなく、欲望に正直に自己肯定を極限まで解き放てる快感。しかも周りも同じだから安心この上ない・・・王様同盟みたいな集団に思えます。

(王が集団て矛盾してる(笑))


そして最近は外国の勢いが流入してきて、その東京も溶け始めているのではないかと思います。名もない湿地平野の寒村が江戸になり、その江戸が東京になり、震災や空襲と言う物理的な破壊と建設を経て、その東京が今また何かに変わりつつあるのを感じる今日この頃であります。

人口は東京エリアに集中を増しているそうですが、もう地方と都会の距離って50年前と違う。そう思うから今想っていることを書いてみようと思いました。

今はネットで買い物できるし、コンビニで受け取れるし振り込めるし、画面のチャットで毎日世界中と話が出来る。自分自身、地方に住んでいて不便に思うのはコンサートが東京ばっかり・飛行機や新幹線にすぐ乗れない^^;くらいで、都会には全く価値を見出しません。


今留学生をお世話していたりすると、私が住んでいる町でもこの数年外国人さんの多さ多様さに目がいきます。旅行客だけではなく住んでいる人の多いこと!こんな地方都市でもそう思うのですから東京などなおさらかと思います。東京と地方とか言っている場合じゃなくて、日本中が同時に世界と混じり合い始めてるなぁって実感しています。

未成年の留学生の生徒ちゃんたちの心の機微を知ると、外国というあまりにも遠方過ぎる故郷と留学先とは、日本人の”上京”とはまた違うドラマがあるのかもしれないと興味深く想っています。
・・・

そんな中で変わらないのは、
隣にいる人の心までの距離・・・

その解らなさ、遠さ、近さはいつの世も変わらないはず。

大きな世界の膨らみの中で、日本の都会と鄙の距離はすでに溶け始めて埋められつつある。

けれど人の心の距離は???

そのあたりのことは簡単に答えは出ないし、
答えは無いのかもしれません。
知ったかぶりはしたくないから私はずっと考える。
それでいいのだと想う。

・・・

数十年前の東京と今の東京、きっと似て非なるものに変化していくのでしょう。

もういつまでも”アノ頃のトーキョー”ではないのだと、思い直してみる時代が来ているような気がしています。

この秋からはそんな角度でShoyanのステージを観聴きしていこうと想っています。


(また好き勝手申しました。冗長ご容赦ください。)




※昨日は”速い新幹線”を見に行ってきました。
(そのまんまやんw)。
高速で通過する新幹線をスマホでパシャっと上手く撮れても単に止まっているように見えちゃいますね(汗)。









カッコよ☆



同じように見えますが何かが違います♪




次は・・きっと何処かへ行きたいな♪


時が行けば
幼い君も
大人になると気づかないまま・・・


なぜ気づかないのか?

それは彼が幼いままだから、、、かもしれない。




というか、

男性が大人になることなんてあるのだろうか。

少年のままに突っ走って
少年のままに恋をして
少年のままに人を傷つけて
少年のままに純粋で・・・

最近特にそう思うことが多い^^;


でもそんな少年の心に憧れ続けている、
男に生まれてこなかった自分です。

♯なごり雪
あっという間に10月!
9月末に秋の新入生が何十人か来日するので、その準備と対応で大忙しの日々でした。今の会社はお部屋の準備がギリギリで^^;突然やらなくちゃいけないことが増えて大変でした。帰宅して夜10時に寝ちゃったりして。

でも、保護者の方々も一緒にいらっしゃったのを案内したり、みんな初めての日本だったり、なんだか特別感があります。先生も職員さんも外国人。私一人だけがニホンジン。

英語も中国語も翻訳ソフト頼みで自分の語学力を恥じる日々であります。がしかし、自分のコミュ力を誇りに思うこともあったりして(笑)。これでも結構やりがいを感じているかもしれません。管理会社が替わって、新しいパートさんも居つかずマニュアルも一切ない用具も足りない、そのまま半年来てしまいました。

私は今まで自分が好きだな・充実しているな・手応えがあるなと思ったことはことごとく途中で強制終了してしまうことばかりで、今までに何も残してこれなかったのが今の結果なのですが、今は首の皮一枚で継続中です。(それって単に自分のせいかもですが(笑))

・・・

何が哀しいって、
一生懸命真心こめて続けてきたこと、自分の心を純粋に捧げてきたこと、細心の注意を払って最良を願ってしてきたこと、それがいつしか他人の手柄になっていると知った時。

報われないことなんて関係ないのです。
想えるだけで幸せなことがある。

けれど、
その結果が表に出ている者の采配なのだという評価になってしまう。
チョットカナシイ(*´ω`)。

でも、自分の真心が他人のお手柄になっている気がするのは、ただの自意識過剰かもしれなくて、またそんな自分がイヤになる(笑)。


とにかく、目の前の存在に精一杯真心込めて誠実に対応したいと想う管理人の矜持です。


関係ないようなことで一旦気分転換
ということで変な呟きお許しください


空に穴が開いていた♪

某匿名ファンチャットで教えていただきました川野夏美氏のYouTube、海風音楽庵訪問動画が結構面白かったです。

今回もShoyanのギターを直に手に取ってつま弾いたりするシーンもありましたが、見ていてそんなに嫌な気もせず、川野氏のShoyanリスペクトが如実に感じられて、感激されて興奮されていることがよく伝わりました。以前の常富氏の時みたいな不快感はゼロで、むしろ好感でありました。

(でも、ご案内されているK氏は常富氏に心酔されているようで、私が伺ったときは音楽庵の立ち上げも常富氏がいてくれたからこそとおっしゃっていてリスペクト半端なかったです。(むしろShoyan以上に!?))

川野氏がShoyanの机と椅子に座られて紙資料からセットリスト内の山本潤子さんとの『青い夏』で興奮されている様子は、Shoyanの歌曲への深い理解と地元愛が感じられてとてもヨカッタ。ギターの紹介も丁寧でとても素敵な動画でした。

でもこういうの拝見するにナゼ『雨のTAXI』などがポシャってしまったのか、不思議で残念に思います。ナニカ大人ノ事情ガアルノダロウ

いずれにしても川野夏美氏には地元つながりでこれからも音楽庵を再訪して他のお宝紹介などして欲しいです。




※関係ないですが、昨今流行っている韓国料理のイイダコ料理”チュクミ”。その響きでどうしても津久見の海岸に小さいタコさんが押し寄せてる図が浮かんじゃいます(笑)。タコは津久見の特産じゃないですよね!?(*´▽`*)

イルカ氏のXで集合写真が2度も投稿されましたが、せっかくのみなさん、やや散漫な目線とポーズでなんとなくもったいないような・・・^^;

しかもナゼイルカ氏名義の投稿なんですかっ。
プロデューサー誰なんや!?
イベントの主であるShoyanがど真ん中でバシッっと決めて、みんなを率いている感が欲しいっ!

アー写は公式でしっかり撮って欲しいっす。

(某アーティスト氏のインスタみたいに加工盛り盛りなのはイヤだけど(笑))


その一方で、いよいよ終わってしまう日比谷野音の記念イベントのニュース映像はナカナカの見応えでした(そちらにもイルカ氏食い込んでるのスゴっ)。
81歳の小室等御大の歌声が圧倒でした。

その中でこうせつおいちゃんが
「野音のリニューアル再開は2029年だそうで僕80歳になっちゃう」とおっしゃっていました。でも、ということは、この小室さんの今を拝見するに充分じゃんおいちゃん!!と、私は想いました。今年の5月に野音でおいちゃんのステージを観られて嬉しかったので、また新しくなった野音で会いたいなと。

今年はパンダさん80歳のステージも素晴らしかったし、年齢カンケイない!私が好きな音楽の未来は明るいのだと、そうなるように具現化への現実創造想像頑張りたいと思います。←自分が頑張ってどうする(爆)


でも、、、それがファンの本領でしょう☆

アーティストの心を燃やすのは聴き手が一番手だと、自負を諦めないでいたいと思っています。

今日も生意気吹かしてマス(*´∀`*)♪



もう終わってしまったし、自分が行ってもいないのにちょっと追加で思ったことを・・・

例えば、自分がもう少し余裕があって夜行バスで大阪に行けて当日泊まってこれるような参戦だったとして、今回のLIVE君と歩いた青春の感じ方はどうだったろうか。

実は泉谷さんと岩崎宏美氏なんてメチャ嬉しいしツボだったのになって思います。でもしかし振り返ってみるとそこに至るまでにも錚々たるゲスト?レギュラー?の面々。その兼ね合いや如何に?

今回、良く知ったファンの友人が行ったのですが、いつもは穏やかな彼女が

(まず最初に泉谷さんと岩崎宏美氏のことを最大限に褒めつつ)

「ちょっとゲストが派手過ぎて…「ライブ君と歩いた青春」の趣旨というか、何か外れているようで、ゲスト出演者が最初の頃より多過ぎだった」

「今回は途中休憩が無かったにもかかわらず、共演も少なくて、一番聴きたい眺めたい正やんの出番が少な過ぎて(泣)22才の別れwith押尾コータローさんで一曲歌っただけ。
「なごり雪」はイルカさんのボーカル、
「君と歩いた青春」は岩崎さんのボーカル
あとは皆と一緒に演ってはくれたけど、
正やんファンとしては、ちょっと寂しかった

と、報告してくれました。
きっともっと思うことは多かったはずです。

ですがそしてもちろん、

「ゲストとして出演してもらうかぎりは・との、正やんのお気遣いが伺えた」

正やんお元気そうで楽しそうで、大役を果たされて何より良かった」

と、Shoyanプロデュース大成功を称えていました。

次は、も少しお姿お歌聞かせてねと思ったよ(祈)

という彼女の願い、それは私も同感です。
”伊勢正三”の名のもとに集うのはゲストばかりでなく客席もなのですから、プロデュース視点の多角度化は大変なのだなと思います。

なんか、なんでもヤリ過ぎちゃうShoyanの衝動がわかる気もするけれど(〃∇〃)(笑)、意義目的は”ゲストが豪華”ではなくて、”聴いた人の満足”だと思うので、もうひとひねりお願いします>Shoyan☆

(泉谷さんとハードなコアフォークバトルとか(@_@)!?)

良い素材にセンスある盛り付け+確固たるメインディッシュをば・・・と。


と、と、現地に行ってもいなくてフォーク世代でもないのに生意気言ってスミマセン。いつもの私の悪い癖です。

憧れのイベントだし、大切な友人の素直な感想だからこそちょっと気になっちゃいます、お許しください。

なんとなく、、、
このイベントは太田裕美氏ありきだったような気がして、その乖離に少し反応してしまったのかもです。


来年もあるならマジで行きたいよぉ〜(行く!)


この一週間、パスワードが必要な限定公開設定にしてみましたが、いかがだったでしょうか。お手数をおかけして恐縮でした。
ご覧いただけていればいいのですが。

間に合わなかった人がいらっしゃったかもしれないので、以下もう一度告知しておきますね。

パスワードは4ケタの数字です

※パスワードは消しました


またあとで消しちゃいますので、このパスワード、ログイン方法を写メやスクショして保存しておかれると良いかと思います(*´∀`*)。
(アドバイスありがとう>n氏♪)

一度入力するとブラウザが記憶してくれると思いますが、どこかにメモっておいていただけましたら幸いです。

ナゼこのような?というと、こんな本文でも知らないところで無断で引用されたり転載されたりしたらチョトイヤかもと言うことで(汗)、そんな事案が発生した場合には以後一時的にこのようなフォーメーションになる場合がございます。どうかご理解いただきましてご容赦いただけましたらと思います。

基本的には公開にしておいて、ひっそり読んでいただくのが本意であります。

これからもどうぞよろしくお願いいたします(感謝)。



※なんつーほど大したこと書いていませんがw
 (;^ω^) ジコマンゾク
そういえばこの唄のことを書いていなかったな、と。
こんな名曲のことを語るのは畏れ多いのですが、このところ”逆身につま”な感じで心に引っ掛かるので少し・・・


で、いきなり話が逸れるのですが、その今井美樹氏の洋楽カバーアルバムの中に『Superstar』も収録されていまして、準氏アレンジではないのですがとても情の深いお洒落アレンジだったので聴き入ってしまいました。

昔、とあるギタリストさんとお話をした時に、私が伊勢正三ファンだと言うと「伊勢正三の『あの唄はもう唄わないのですか』って曲は、カーペンターズの『Superstar』が元になってるよねぇ」なんてシタリ顔されちゃいまして、私はうぬぬっと固まってしまい、どんな反応したらよいのか狼狽えた覚えがあります。(こんなエピソード書くのは勇気が要る ^^;)

自分自身それまでそんな風に思ったことはなくて、言われてみて初めて「そうかぁ〜?」と思ったのですが、それ以降気にしながら聴いてみたものです。
けれどやはり違うものです。

今回改めてサクッとそのSuperstarの曲のことを調べたら原題は『Groupie』だったそうで、なんか怖っ!だったのですね。
Superstarには深いドラマもないし?具体的な場面も想いもない、聴いた人にも得るものが少ない、ただ成就されない失意と美しいメロディーだけがあるように思いますが(そこまで言うか七氏w)、『あの唄はもう唄わないのですか』の作り込まれ感は比ではないと思います。この唄を聴けば聴手はいくらでも自己のStoryを想像することが出来るでしょう。

・・・

私にとってこの歌は70年代の墓標のような存在で、唄のすべてが今はもう無いものに思われるのです。伊勢正三の歌曲の中で最古に分類されるような、非常に時代の距離感を感じる曲であります(それは80年代に聴き始めたときから)。

新聞の片隅も雨も一つの傘もマッチ箱も駅までの帰り道も、すべての風景や小物はもう触れることの出来ない時間だと、虚しささえ感じてしまう哀しい唄に思えます。そこがまた堪らなくて、何度も繰り返し聴いてしまうのかもしれません。特に間奏の部分♪雨が降る日は〜に続く部分、瀬尾氏アレンジでも石川師匠アレンジでも、どちらも重く曇った土曜日の夕方の部屋で、壁のカレンダーをひとりで見つめているような気持ちになってしまいます。

その頃はまだ小学生だった私なのに、恋人を待ちながらずっとこの唄の中に閉じ込められているような気持ちでいる。それは逆に歳をとってからも同じように・・・です。

この唄も『22才の別れ』と並ぶShoyanの作り込まれた物語シリーズだなと思うのですが、聴く人のことを意識して周到に、時にドラマチックに類型を持ち出して、真正面からの哀しいメロディー。誰が聴いてもわかる切なさを唄ってくれるとてもわかりやすい唄ではないでしょうか。

そういうストレートなところが人気なのかもしれないですね。

※でも私はどちらのアレンジが好きかとか決められません。距離感は一緒なんです。


もう届かない気持ち、逢えない断絶。でもあの唄の中には自分が主人公だった時間が活きている気がして、唄ってくれるのなら私とあなたはまだカンケイしあっている・・・と思い込みたい未練。そんな彼女の希望が一方通行で虚しい。

しかしこの彼、実は彼女のために作った唄を唄わなくなったからこそリサイタルを開けるくらいの活動を続けていられるんじゃないかなと思ったりします。

恋人のためだけの唄を唄っているようじゃ芽は出ないと、今になってそう思うのです。ましてや別れた彼女=ダメだった存在が影響している唄をお客さんの前で唄いますか?と。彼女のことを踏み台にして新たな唄を作るくらいの自己愛の自己中でないと、大勢の人の心を動かす歌は作れないのではないかと今は想ったりしています。

(身も蓋もない七氏論)

彼女はまだ彼を支えている気持ちなのかもしれなくて、一番後ろの客席が一番心は近いのかもしれないけれど、”私にとっての思い出”は、”僕にとっては忘れたいこと”なのかもしれない。ステージと客席同じ会場の中だけれど、それこそもう二人の時空は違うものなのでしょう。

・・・

歌は、、、
誰か特定の存在のためだけにあるものではないのだよフフっ・と、強がった気持ちでいたい一般People一消費者の私ですが・・・

そして尚且つ、

”そうじゃなくてもそう想わせてしまう罪深さ”まで会得したのが今のShoyanであると、私は無抵抗でその魔力にただひれ伏すのでありました。

もう何年?


伊勢正三の音楽の、ある一方向の最大振り幅の極みにある唄だと思っています。




※今回(も)言いたい放題書いてしまいました(汗)。
 ご容赦願います。

プロフィール

HN:
No Name 七氏−1.0
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!

☆ミラーサイト(予備)
http://shoyanlove774.jugem.jp/
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