Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0

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ふぅ、、、

一生懸命午前の仕事を早めに終わらせて万全で臨みましたよ軽井沢先行予約。
一応無事に予約できました(はず)。
発券は7月18日からですね。

本当は2階席で観たいんですけども、先行では選べず・・・(A席は2階も1階も含まれる可能性があるとのことですがわからないし)
ともかくも普通にGETしました。
安堵です、安堵〜

がしかし!!!!
油断していたらshoyanからのスペシャルなツアー報告がっ!!!!!!!!
なんなん!!!!
かっこええやんんん!!Σ(゚∀゚)
写真いっぱいでうれしすぎる街!

軽井沢先行のド緊張が更に心臓バクバクになってしまいました(笑)。

ふふふ、あとでまた仕事終わりに車の中で一人で密かにじっくり見ようっと♪アリガトウshoyan!!
なんと、夏至を過ぎた途端に、今日はニイニイゼミが鳴き始めました!虫凄い。夏が来ますね。

・・・

今になってですね
その『海風』のシンセって何よ!?ってことなのですが、アルバムオリジナルのクレジットには”Clavinet”とあるんです。これこの時にはシンセサイザーじゃなくて、『クラビネット』という楽器を準氏が導入しているってことで、このババッ♪というファンキーな音がモノスゴ絶妙に織り込まれているのが『海風』の深みと迫力になっていると思うのです。
”見えないインパクト”ここにあり的な・・・。

で、

先日書いた仙台公演の感想内で

「新しいキーボードの人の音と細井さんの音が”違わない”」

なんて生意気なことを書きましたが、この部分てことになるのです。ならば同じ音で良い訳なのですが、私が主に言いたかったのは、演奏のニュアンスのことなのです。メンバー紹介の時などのフリー演奏のときも含めて、音色ではなく音の運び力加減も同じように思えたので、”違わない”と感じたのは事実です。

などと生意気を更に重ねていますが、実は原曲では確信的に聴き取れている自信はありません。イントロの和音的な食い込みと、エレキアコギの刻みと被って左に別れて聴こえる部分の刻みっぽい音なのかなと思っていますが、、、鍵盤に少し詳しい家人に尋ねながら模索中〜

このオリジナルのノリみたいなものの再現を試みて細井さんたちはシンセでクラビネットの音をお弾きになっていたのかな?(そもそもクラビネット本体を導入されていたのだろうか?)無知な私にはただインパクト最前線の主張の塊みたいな音に聴こえていたんです。

元音源の元祖『海風』の”風を練るような”軽やかなクラビネットの音を、その部分では感じていなかったような気がして、今改めて次のステージを聴く時に心して捜してみようと再認識しているところです。

(今更か!?って呆れないで〜w)

楽器に疎いので的外れを言っているかもしれませんがお許しください。


特に今回の風特化再現ステージに臨席するにあたっては、”オリジナル”という大前提の再解剖に必然的に誘導されてしまいます。
なんという歓びでしょう(*´∀`*)。

私にとってはいつまで経っても未知で追いつけない世界なのですが、知ったかぶったり生意気言ったりするのもまた楽しからずや・です。


※『海風』は途中ディスコっぽいビート?(そうなのか?)になるところがメッチャ格好良くて、そこでノルのが自分だけの密かな愉しみです(*´ω`*)。

来年は『海風』50年!”伊勢正三海抜ゼロメートル”からの節目50周年はなごり雪よりもむしろ要の年かもしれません!?と、これまた自分だけの密かなアニバを心に秘めておこうと想っています。

♪海風〜
    吹いてる
    今でも いつの時も・・・
(大した意味のない文です(笑))

・・・

そう言えば、

「風立ちぬ」

という言葉がありますが、

「春」も「秋」も立ちますね。

(以前タイトルで少し同じこと引用しましたが)


「風立ちぬ」は元はフランス語の詩の一節だそうですが、ただ「吹いている」という翻訳だと目の前を通過して行ってしまう気がします。
「立つ・立ちぬ」には当事者的な感触があるのがいいなと思います。

風も秋も春も目に見えないものなのに、それはリアクションなのが面白い。つまり、Shoyanが動いてくれたら私も動く・ということなのであります(謎)。


今日は
♪夜が~とても短すぎるぅ~夏至!
でしたが、実は真夜中にモノスゴ重要な天の啓示が降ってきまして(って、単にひらめいただけですが(笑))ここで自分が書くこと想うことの方向性を導かれるものに辿り着きました。なので、もう少し続けてみようかなと思います。

岡山公演の後しばらく経ってから『???』と思うことが2・3複数件伝わってきて、遠くにいる自分には理解できなかったのですが、それが反ってこの天の啓示を引き出した不思議であります。

愛のように見えたものは愛じゃなくて
愛とは思えないものが本当は愛だった

と、怖れなくてよかったんだと。
納得のいくMidsummer Dayでした。

夏至を過ぎたらあっという間に7月が来て七夕で、切ない楽しみな夏がやってきます。(親のことで色々多忙になりそうですが)自分の心は一山超えたので、ShoyanのLIVE!なことに真正面から対峙していくぞって気合です。

長野のプレオーダーも申し込んだし、想うことだけは誠実に貫く覚悟で今年後半も行きたいと思いマス!


(と、自分で自分に喝を入れてみる試み(´▽`*)!w)


今日の月


何気ない緑



語句のチョイスが冴えませんね(-.-;)

(『安堵』の活用を極めよう)

あんドーナツは滅多に食べませんが(笑)、とにもかくにも昨日の友人からの第一報で軽井沢ある〜来週先行予約とのことで、ホッとしました。

実は私事で、、一昨日実家の父が国道でちょっと大きめの追突事故を起こしてしまい、相手方が二人入院してしまうという事案が発生して対応に追われていました。

大心配と大安心が同時発生するのが私の日常らしい展開であります。

・・・

んで、軽井沢の公演告知に関しては
「伊勢正三のライフワーク」
などという表現があって嬉しかったりしますが
「新たなメンバーを迎えておくる」
と書いてあるということは、この回も風の楽団ということでしょうか。私は今回のバンド、とても好きですが、大賀ホールには今のサウンドは重過ぎるんじゃないのかなって気がします。なんか勿体ないことになりそうな!?

でも意外と風の楽団でもソロ曲やってくれたりしないかな???新しいメンバーで新しい感触の音を・・・

ナイナイw

風曲限定のバンドならば、蕩けるようなアノ夏曲をやってくれたりしたら最高なんだけどな(*´ω`*)悶。

ソレモナイナイww

準ちゃん丸ちゃんと”トリオ The 正準丸”のアコースティックサウンドでやって欲しいと思うのは変わらずで、もう、2〜3曲と言わず半分は3人でやって欲しいくらいです。(またここで言うとやらないと思うけどw=七氏の逆言霊)風の曲なら風通しのいいサウンドで今のShoyanの優しい声で聴きたいです。


でも、色々言っても9月の初旬の軽井沢で、また客席は心一つにしてさみしい気持ちで夏を送れるんだと思うと幸せです。

まずはチケット申し込み、先着順なので集中して頑張らないとですね。

実は2階席で観たい七氏でした。
(眺めいいんですヨ)
そう言えば、岡山公演終わりましても軽井沢の予定などうんともすんとも・・・出てこないですね^^;

今の世の中、電話問い合わせなどみっともない部類でして、某会場に「毎年恒例のコンサートは今年はないのですか?」なんて聞いてみても「あるともないとも言えません。主催者やアーティストの公式HPやSNSをチェックして下さい」と言われるのが関の山なのです。そして大人げない場違いなリアクションの変人扱いされて自己嫌悪してしょんぼりするのがこの変わらぬファンの哀愁なのであります(笑)。

そりゃそうですよね。会場はただ場を提供するだけですし。

でもフト思うのですが、軽井沢のコンサートなど毎年続いてきたステージが今年はないのだとしたら(そうは思いたくはないけれど)その現実を私たちファンや消費者が知るのは一体いつになるの???って。

9月の第一土曜日が来るその日まで現実を知らされないままなのでしょうか。

プレイガイドや公式っぽいHPやネット上に情報が載らないならそれが事実なんだよ・ってことだろうけど、こういうの難しいですね。ずっと翻弄されたまま何十年も過ぎてきましたね。



なんだか今年はバースデイライブも無いんじゃないかと思い始めている私です。あれこれ色々その都度のセッテング大変ですし、君歩だけで十分なのかもしれません。風の楽団という王道一本に絞って今年は邁進されるのかもしれないなと個人的には感じています。


(もちろん、バースデイも風の楽団でいいのですけどもネ♪)


・・・

と、こんな面倒な事書いてまた更に自己嫌悪ですが、私がこういうことをここに書かないようになったらきっとそれはホントウの終わりなのです。

(そのほうが平和だろう!?って言わないで〜!(笑))


※そうそう、福島公演は行くのは諦めました。
やはり、Shoyanの音楽と自分の想いを同じ日に受け止めきれません。自分だけ独りで信夫山の麓に行けばきっとパニックになります(*´ω`*)。
この心の機微は分けなくては無理です。
いつか、家人などと共にゆっくり訪ねることにします。

Shoyanの音楽はもっと冷静に没頭できるところで100%浸りたいです!(なので信州の方はひとりで行くかもしれません)

他にも情報出てくるのかな〜
私の住んでいる県は半端な場所なので来ないと思いますが(笑)、まだ近くや興味ある場所があったら行ってみたいなぁ。
なんか知らぬ間に日程増えてました?
連続で信州に福島、土曜日と月祝^^;
うーん(;´∀`)
私達の仕事のシフトではムツカシか〜


てか、それより公式はもうヤル気ないないってことなんすかね(悲)。受け持ちがバラバラなのかもしれませんね。チケットを買いたい人や情報を知りたい人のためのシステムはどうなっちゃったんだろか。


新しい予定にもっとトキメキたいですよ。
てか、軽井沢もマジ無さそう?!(´・ω・`)
それもサミシイです




※情報サンクス▷M氏
この次の日曜日には岡山公演ですが、よく考えてみるとそれが終わると7月11日山形までまた日が空くのですね。

7月は4公演+8月1日もあってかなり勢いづく感じですが、それはそれでハードモードだなとか、でも意外とShoyanは今でも夏男なのかな?とか、あれこれ今までのクセで想い遣ってしまいます。

まぁ、愛は幾つあっても無駄にはならないと、この姉心?であります(”姉心”ってイイナ 笑)。


今回仙台に行ってそのステージを拝見してきたら、Shoyan御本人のパフォーマンスに対して今から求めることや改善して欲しいことなどはほとんどないことに気付きました!本当に。凄いことです。ゼヒこの整いを年末まで持続させていって欲しいです。

ですが、、、
感激するとともに少し寂しい気が・・・?

今まであれだけ文句言ったり生意気言ったりしてたのにイザ整ってしまったら気が抜けたような(笑)?

先日の覚え書きでも書きましたが、実際は今のままで無事に全公演開催されたらそれでもう素晴らしいなって、そう思うようになりました。それ以上は望みません、今だけが今だけがそこにいてくれたらそれでいい・と。Shoyanのやさしい音がそこにあればそれでいいのサ♪という境地です。


・
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いやでもね、、、ステージから少し離してみると、本当はここで準チャンとアルバム作って欲しかったです。4〜5曲のミニアルバムでもいいから、と。新しいバンドならなおさらに・・・仙台の素晴らしいステージはそんな忘れた望みを啄くものでもありました。

意気と年齢ってカンケイあるんですか!?
(。・_・。)


永年の”結果”の塊である今回のツアーがそれだけで終わらず、何かの”原因”になるような、そんな奇跡がワンチャンないかな〜・・・ないよな〜・・・
いや、あると願うが私の生きる道。

全員が過去を振り返っている中で、私だけ自分の足元を看ては忘れた芽が出てこないかな・・・なんて、地べたに目を凝らしている6月であります。

線状降水帯のような
私の中の雨がやまないのだ!(叫

(シツコイ七氏 ^^;)

14日の公演も楽しく勢いのあるステージなりますようにお祈りしています☆


♪
あぁ 君の長い髪と胸のふくらみを
 愛して時は流れた つい昨日までは

こんなエロスを歌うのを許されるのは伊勢正三以外いないと思います。
Shoyanご本人にはこういう肉感的なことをサラリと歌い上げて人の心を掴みとってしまうスマートさが完備されているので、聴く方はうろたえずに済むのです。まるで藤田嗣治の裸婦画のようで。

一歩間違って違うキャラの人物が歌ったりしたら印象大反転して「無理無理無理!」となるでしょう。
歌う人を選ぶ歌である。

そもそも作者もShoyanなのである。
一歩間違って違う感性の人が創ったりしたらもっとナマナマしくなっちゃうかもしれない。でもこの歌の虚しみが美しくて、寂しい温度の方が優先されるのだ。

この絶妙なバランス。
聴く者はうっとりとしてそれを”ロマン”として受けとめて浸る。
さすがなのだと想うわけです。

・・・
♪
 あぁ 僕の心の中に寂しい椅子がある
 そう昔 君もそこに座っていたんだね


では、その僕は一体どこにいるの??
僕の”心の中”と言いつつ、そこに彼いない。
この彼の愛し方は最初から乖離なんだ。
彼女が望んで座ったのではなく、
彼がそこに座らせたのだ。
Shoyanの歌の根底にある愛の形がよくわかる例だと思いながら聴いてきた。

(だがしかし、今現在はどうなのかわからない。1周回って今もそうなのかな・・・)

人は、対象を自分の中で計る。
自分が発した価値なのに、それが対象の真実だと思ってしまう。
だから、違和感が浮上してくるとそこで「別物になった=わかれた」のだと思ってしまう。
むしろその違和感こそ対象の真実の姿だと気付かずに。

でもそもそも道がわかれたのではなく、最初から同じ道なんて歩いていないんだ・と、何十年も何千回も聴いてきた今はそう思う。同じ景色に見えて、それは個人個人の薄いフィルムが何層も重なった同時上映なのだと、この歌を聴くときに並走の難しさをつくづくと想うのだ。

何十年寄り添っても
一瞬で追い出された!とか
一瞬しか会っていないのに
前世からの運命だ!とカンチガイとか

♪あぁ 君がいた頃は〜

とは、

「あぁ、君が僕の思い描く理想の姿だった頃は」

となるのかもしれない。

(なんか醒めてるわね七氏w)

後悔するほどもう少し早く識りたかった”本当の愛”とは何なのか?そこに答えがあるような気がする。

自分発の欲求
ではなく
相手の寄り添い
に気付けるか受け入れられるか
という心の機微が解れたら・・・
と想うのだ

・・・

Shoyan独特のシャッフル感に準チャンが差し込む美しいストリングスが普遍的に瑞々しい。そしてその存在感を尖らせてきたギターのソロPlayも。
何回聴いてもその抒情が色褪せない。

オトナの街の陰りのある虚無感と愛の虚しさ=虚像が同時に語られているようで、きっと新しいShoyanのまなざしが始まった一曲でもあったと思う。TODAYなかぐや姫でもなく風でもなく、伊勢正三のエアポケット的な底の曲としてずっと好きだ。

(私の中ではなぜか雨の物語とセットなのである)


六本木という街が最近になって下火なのだという。この歌の頃はまだバブル前、すごく昔ですね。半世紀も前なのだ。そのバブルで膨れに膨れたギロッポンなロッポンギが、とうとうそのパワーを変化させていると聞く。

賑わいは高層の新しいビルの中ばかりで、”街”・”通り”というもののニュアンスが変わってきたとネット記事で読んだ。実際どうだろう?集う人たちも変化していると。バブルの頃の外国人さんたちと今のインバウンド来訪も違うような気がする。確かに、、遠くから感じれば現在の六本木の影が薄いのかもしれない。

そう、ビルの中のモールには雨は降らないだろう。
地図アプリやSNSを見るためにうつむいて自分の後悔にさえ気づけない、そんな人たちがこの令和の今右往左往している都会の底。

憧れ続けて、結局追いつけぬままに遠ざかっていった70年代の街の息遣いを懐かしく想う一曲なのです。


※確かに、あのあたりは青山通りと六本木通り、首都高は谷町JCTで3号や2号に、あっちからもこっちからも”分かれ道”なのであります。


※※風・風・風の今、ナゼこの曲を!?ですが、ずいぶん前から書き出していたことなので、タイミングおかしくてもお許し下さい^^;

プロフィール

HN:
No Name 七氏−1.0
Webサイト:
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

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