Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0

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3月からずっと意識不明に等しい状態で脳みそも身体も酷使してきたので、世の中の面白そうな話題や哀しい話題に想うことも書けずにきてしまいました。

今になって話題ズレてるけど、ちょっと後から少しづつ書いていこうと思います。



まず、月の裏側!!!
アルテミス計画Ⅱの打ち上げもNASAのYouTubeで見て、オリオン宇宙船内の宇宙飛行士さんたちの楽しげな様子も、裏側通過の通信途絶えたのも、みんなオンタイムで見られるこの21世紀に感動していました。
そして帰還。

無事に海に着水してしばらくして、満を持して宇宙飛行士さんたちがでてきたけれど、その宇宙船のハッチを開けたら、中に流れ込む地球の海風はどんな香りだろう!?って想いました。真っ赤に燃えて大気圏に突入してきて、青い海のどまんなかにプカプカ浮いて波に揺られて嗅ぐその潮の香りは・・・自分が生まれた日のことを想い出せるのかもしれません。

めっちゃロマンです。


もし宇宙空間に放り出されたら自分が1つの地球なのだと実感するでしょう。息をして二酸化炭素を出して涙が流れて食べたり匂ったり痒くなったり考えたり眠ったり目覚めたり、地球にいるってことは生きているってことだと実感するのではないでしょうか。なんだかそんなことを感じました。

そもそも宇宙は真空だそうですが、歌を歌っても伝わらないのかな??
震える空気がない、とするとやっぱり心の中と心の中がダイレクトに繋がるのかな?
船外活動や地球との交信には無線的な手段を使うだろうけど、心だって”無線”だ。そんな心の無線が開花するのかな?そういう意味で宇宙空間に行ってみたい気がします(*´∀`)。


何も変わらずそこに在るのに50年以上も視ることが出来なかった月の裏側。

聴こえないことや視えないことをおそれずに、囚われずに、惑わされずにいたいものです。

だって、あると思えばあるし、愛されていると思えば愛されているんです(涙)。

無の宇宙と、有の宇宙、それが同時にあるのだと、最近教えられているような気がするのです。だから、これからはそれを確かめるために歌を感じていきたいと思っています。


なんだかイミフメイですがお許しください^^;(笑)
去年の大分行きからもう1年か〜
何もしないまま1年が経ってしまった。
去年も管理会社が変わって、しかもひどい環境だったのでギリギリの中行ったけど、1年経って今もそのことをゆっくり思い出す心の余裕がない。

ですが、今日から男子寮担当の男性管理人さん(私と同じように前の会社から引き抜かれた元同僚)が入ってくれたので!やっとやっと落ち着いて1つのところに集中して通うことができます。週に1回は男子の寮に行くのですが、それもまた楽しみです。

なので、封印していた"感じる心"をやっと少しずつ解放できると思います。

リハビリに、去年の今日ぐらいからの大分行きのことを書いている一連の自分の書き込みを読んでいました。あまりにも楽しそうで浮かれていて純粋に愛していて、その後に待ち受ける苦難を思うと、1年前の何も知らない自分の哀しさに今頃涙が出ます。

そして同じように5月の新しいShoyanに期待して待ち侘びて信じていた自分にも苦笑いです。

色々ありすぎたね…nn〜

果たして今年のShoyanは新しいのか?
それともただの懐古なのか?
昨年末の鎌倉芸術館はある意味最高潮で、最高すぎて、その後の小休止がゼロ・白紙に思えてしまいました。Shoyanの今・2026年の具体的なことが思い浮かびません。

ある意味ものすごく期待してるし、
ある意味ものすごく覚悟もしてる(笑)。

ただ私が行けるのは7月なので、少しゆっくり構えてゼロから始める気持ちでいようと思っています。

過去ログの整理でもしながらその日を待ってようと思っています。
もう何日も前にパスワード解除したのですが、 お手元のブラウザが記憶しちゃってると延々とパスワードを入れてくださいの画面が出ているかもしれません。今ご覧いただけている方どうでしょう?まだパスワード入力画面が出ますでしょうか?


追って対処します(汗)^^;

新しい仕事のシステムがなかなか整わず、多忙なのは多忙なのですが・・・

何か書こうと思っても身の回りのことになっちゃったらそれはちょっとつまらないっすよね。

って、こういうことが既につまらん駄投稿なのですが(笑)、以前ならそれでも何か・と思っていましたが、今はつい沈黙です。春の沈黙っす。


もうあと一月半もすれば宮城公演が始まるんですよね。”風の楽団”という馴染みのない響き!?に警戒してるのかもしれません、でもその謎が解けるのが楽しみです(笑)。

5月のパンダさんに続き、6月末に同じ汐留に行きます。そして翌週の7月の頭にまた東京へ。なんと、かつしかのシンフォニーヒルズに行きます。初めてのバルコニー席!どちらもバイオリンのネマニャ氏を聴きに行きます。シンフォニーヒルズは読売交響楽団も一緒なのでガチオーケストラの響きを体験できるぞ!

そして7月の20日はShoyan@川口・・・
その頃には軽井沢やバースディライブの予定が出るのかなぁ。

7月にShoyanに会えるまでの間、パンダさんとかクラシックで音楽補充をしようと思っています。
なんだかもう気持ちや世の中は初夏〜夏ですね。


(って、結局こんなつぶやきぼやきでお許しください^^; 生存確認(笑))

先ほど家人からLINEが来まして、
某 NHK の番組『グレーテルのかまど』再放送で最後の最後のシーンでかまど(きむら緑子さん)が『ささやかなこの人生』を歌っていた!とのこと!
 NHK ONE で確認してみました。

本当に歌ってた(*´∀`)!

♪花びらが散った後のかまどがとても〜

と(笑)。

桜餅の回でしたので、桜の花びらがキーワードだったようです。

今晩22時24分まで配信されてるそうですよ。
https://www.web.nhk/tv/an/kamado/pl/series-tep-VNWVWYKX3Q/ep/JVRLVW2JR9?startOffset=1439
あれから(どれから?w)ずっとシブ風BESTを聴き続けていますが、中でも『まぶしすぎる街』のアノShoyanの独特の歌い方にハマっていまして、今になって悶絶めっちゃカッコよすです。

作詞は喜多條先生ですが、Shoyanが嵌めたメロディは半音がちょっと多いような、軽く登っては降る節回しが独特で、譜面通りではなく、なんとなく街角のスケートボードのスラロームのようにすり抜けていく感がある。そこにちょっと重ねてダミった声がオトコっぽくて、今になって心地よく、また新鮮な感じになんだか赤面しながら聴いています。(ちょっとハードな荒木一郎風味も感じたりして)
石川鷹彦氏の(珍しい?)エレキさく裂のハードなアレンジも突出していますね。

十代二十代の私ではこのボーカルは「なんか入れ込んで変わってるな」ぐらいにしか思えなかったのです。でも、今聴いてみるとこれはとても新鮮で、若き日の当時のShoyanのチャレンジが今になって良いインパクトで押し寄せます。ちょっと線の細いイメージで白面の貴公子だった当時のShoyanは、本当は中の人はワイルドで開拓精神に溢れるお方だったのだろうなって垣間見えます。

(でもこの後マクロビオテックや西海岸系仙人潮流に傾いていって、前向きというより深化沈降なイメージになっていくのも興味深いものだと、後追いファンの私は思っていました。)



初めて聴いた頃当時、1980年代の十代の私には

♪俺はどうしてこの暮らし 倖せと名づけない~

なんて、「なにイキがってるねん」と想っていたけれど、今、人生五十代後半になってそんな境地もドンピシャだったなと想って震えるのです。このフレーズが今凄く好きです。喜多條先生の斜に構えたニュアンス?が大人になったらハマるという、実はそれはリアルだったという、悔しいようなさすがだなという気持ちで偲んでいたりします。

短い曲ですが、息の永さとインパクトの強さは異色だと思います。こうやっていつの日か必ず引っかかって浮かび上がってくる歌がある。

だからShoyanの詞やメロディはいつでも何年経っても油断ならないのだ(*´ω`)b
最近こんな単語を識りまして・・・

(スター・トレック関係なく物理学的なヤツ?)

”鏡像宇宙”と言うらしいのですが、現在の宇宙とは時間が逆行しているトコロ・概念・存在?

ということらしいのですが、ならばそこなら
「あなたの姿を見つけられる」のじゃないかと独りで興奮している次第なのです。



♪鏡に映ったあなたの姿を見つけられずに

♪鏡の中の時計は逆まわりするんだね

♪男のエゴとプライドなんてまるで脱ぎ忘れた靴
 孤独なとき初めて鏡に映してみる

♪起きぬけの君のあのあどけなさも鏡に預けるように

♪かけ違いの胸のボタンを
 ひとりでは直せないとき
 お互いが鏡だったよ 

鏡の中の君
雨の物語・・・

ざっと思いついて書き出してみる。

物事には陰陽・裏表・生き死に・アナタとワタシ、というような、”ふたつでひとつ”な”対”というひとつのふたつがあると想うのですが(もはや何言ってるのか自分でわからん七氏よw)

過去と未来もそんな風に考えられるのだなって想うと安心するのです。過去って変えられなくて後悔ばかりだったり、深く愛した人と過ごした時間は一瞬だったり、もう変えようがない・届かないと思うと虚しくて哀しいですが、またいつか君に出逢うだろう♪的にソコに還る時合もあるのかと思うと安堵するのです。実際、今生きている間の自分の意識のうちにそんなことが起こらないとしても、いつかの自分がまたそこに戻るのかと思えば切ないだけで、悲しまずに済むのかもしれません。

未来もまた然り。
何十年後、何千年後の時間もきっと今の自分に向かって来ている・そう感じることが出来ます。Shoyanの歌を聴き続けてきた自分にはそれは自然に感じることだなって想っています。


ミラーと未来って響きが似ていますね(*´∀`)☆
ふと思いついて、本棚の奥からこんな本を。



発売が2001年。
当時読んですでに懐かしいことがあったが、そのままなんとなく本棚に戻したまま・・・

気付いたら四半世紀経とうとしている。
今読み返して私が好きなのは
単眼鏡のくだりとクリスマス飾りのエピソードです。
あの90年代の暖かくて優しかった時世の空気を感じられます。

Shoyanが持っておられたお馬さんのことも、昨年海風音楽庵に行って写真を拝見した後に読むと具体的に想像できました。

歌もそうですが、本もまた何回も何年も繰り返し読むことは良いことだと思います。

先日、40年も前に読んだままの向田邦子氏の短編とエッセイ集を古本で買ってまた読んでみたりして、老眼と格闘してもそれはとても良い時間でした。

Shoyanの歌に関してはもう四六時中常に聴いてきたので何十年ぶりということはないのですが、自分は変化しているのだと時々具体的に振り返るのも前に進むのに必要なことなのかなと思います。

老化とか劣化じゃなくて^^;
経験値と枝葉の広がりを尊重出来るような、そんな風にありたいです。


※最近いつも空を見られるようにカバンに小さい単眼鏡を持ち歩いていた私です(飛行機用笑)。

プロフィール

HN:
No Name 七氏−1.0
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性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

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