Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。伊勢正三的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。
歳をとったからなのか
2018年の春はあまりにも駆け足で
ソメイヨシノも咲き始めたら
あっという間に満開になった
薄ピンクの花は黄砂に揉まれて
すでに散り始め
アスファルトの上にはもう
花びらの渦が巻いている
咲くのも散るのも早すぎる気がして
何だか気持ちはざわめくのだった
2018年の春はあまりにも駆け足で
ソメイヨシノも咲き始めたら
あっという間に満開になった
薄ピンクの花は黄砂に揉まれて
すでに散り始め
アスファルトの上にはもう
花びらの渦が巻いている
咲くのも散るのも早すぎる気がして
何だか気持ちはざわめくのだった
~花びらが散ったあとの
桜がとても冷たくされるように
誰にも心の片隅に
見せたくはないものがあるよね
桜がとても冷たくされるように
誰にも心の片隅に
見せたくはないものがあるよね
花が散って花柄がボサボサしてる桜は地味だ
でも初夏になれば青葉が茂った枝先で
宝石のように光る小さな桜の実や
触れれば手が染まりそうなくらいに
紅く染まる秋の葉
近寄れば匂ってくるその樹の甘い香りがある
でも初夏になれば青葉が茂った枝先で
宝石のように光る小さな桜の実や
触れれば手が染まりそうなくらいに
紅く染まる秋の葉
近寄れば匂ってくるその樹の甘い香りがある
桜の樹のそれらが全部好きだから
私はそんな風に思ったことはないけれど
この歌を作った当時の若き日のShoyanは
まだ少し"人から目線"だったのかなって思う
私はそんな風に思ったことはないけれど
この歌を作った当時の若き日のShoyanは
まだ少し"人から目線"だったのかなって思う
実際、この人の世の現実は
去ったものには触れぬが善なのかもしれない
咲き誇る花だけを愛でて
満開だけが全てだと思って浮かれているのは
たぶん人間だけなのだ
いいことや楽しかったことだけを重んじる
そんな自分勝手な人のココロ・・・
でも、それでいいのだと思う
ずっと、重たい石を抱いていくのは
きっと疲れてしまうから・・・
去ったものには触れぬが善なのかもしれない
咲き誇る花だけを愛でて
満開だけが全てだと思って浮かれているのは
たぶん人間だけなのだ
いいことや楽しかったことだけを重んじる
そんな自分勝手な人のココロ・・・
でも、それでいいのだと思う
ずっと、重たい石を抱いていくのは
きっと疲れてしまうから・・・
冷たく、触れないままでスルーしたいのは
そんな自分のアヤマチ・・・
でも、また次の春が来ると
その桜は咲いてしまうんだよね
そんな自分のアヤマチ・・・
でも、また次の春が来ると
その桜は咲いてしまうんだよね
「振り返るのはやめよう」とShoyanは歌う
しかし
「くり返すのはとめられない」
のかもしれない
のかもしれない
冷たくされても桜は桜
自分の落とした枯葉さえ自らの栄養にしてまた貯えていく
誰かに切り倒されたり、虫に食われようとも
やはり切り株の横から芽が出たりする
自分の落とした枯葉さえ自らの栄養にしてまた貯えていく
誰かに切り倒されたり、虫に食われようとも
やはり切り株の横から芽が出たりする
そんな風に自然に時の流れに身を委ねることが出来たなら、もう少し楽になれるヨ、って
引き返すことの出来ない人生だけど
人の心はずっと揺れ動き続けて
様々なカタチの花びらを散らしてゆく
その時間の花びらは
風が集めて何処かへ還していく
それでいいのだと思う
人の心はずっと揺れ動き続けて
様々なカタチの花びらを散らしてゆく
その時間の花びらは
風が集めて何処かへ還していく
それでいいのだと思う
私はこれからもここで
そのこぼれた花びらを拾い集めて
いくつかの短編でも編めたらいいなと
いつも想っています
そのこぼれた花びらを拾い集めて
いくつかの短編でも編めたらいいなと
いつも想っています
~君から借りたノートを返した その後で・・・
この独特の季節感 二十四節気でもなく七十二候でもなく、受験~卒業の頃のくすぐったい切なさというのは 、古い時代にはなかった不思議な 新しい日本人の感性だと思う。
明治維新以降(実際は もう少しあと)、日本も西洋化が進んで 一貫した学校教育が始まると、進級したり卒業したりすることが 日付で決まって進められていくようになった。そうした生活が始まってこその季節感だと思う 。
もちろん、"別離・旅立ち"に叙情を感じることはそれ以前にもあって「春は名のみの風の寒さ」という感じ方も古来、それぞれ色々な歌に詠まれてきたと思うけど、"春"という季節に"別離"をシンクロさせるようになったのは近代の意識なのでは?と思う 。
元々、春は物事が生まれ出、 復活する歓びの季節だったはずだ 。それが"去る"というニュアンスを含むようになったのは 、近代~現代の新しいライフスタイルが産んだ日本人の歴史的な美意識の変遷だと思う 。
(と、勝手に妄想してみる)
"生まれることと去ること"の矛盾を美意識にする、そんな感性に誇りを持ちたいと思うのだ。その、実は新しい感覚を言葉にしてメロディーにして、この『暦の上では』や『なごり雪』など、
春の別離を歌というカタチにして世に出した伊勢正三という人の仕事って、本当に先駆けだなと想う
・・・
この歌の好い所は、ふんわりシュークリームみたいな作りになっているトコロ♪男女の深い心の機微とかじゃなくて、彼と彼女が人形劇のキャラみたいに歌の景色のアクセントになって置かれている。この素朴さにホッとする 。
~君の涙が雪に変わって
僕の肩に落ちた・・・
ここでも、冬の涙が暖かい 。
Shoyanの歌の象徴的な"寒い季節の涙" そして雪* 。とてもメルヘンチックな描写でホント素敵だ。
でも一方で 、
~下りの汽車の時間
~野球帰りの子供たちの声
なんて、とても写実的でリアルだ 。
そのフレーズを、転調した最後に置いて 、
~まだまだ寒い日が続く・・・
と、余計なことは言わないで、ふと切り抜いた"午後のひととき"だけを残して終わるのが本当に見事だ。この歌は意味深な言い回しとか派手な描写があるわけではないけど 、飽きの来ない線描、ほんの少しの彩色で洗練されている超級名曲だと想う 。
※当時「ボタンダウン」なんてフレーズを意識的に使ってみたくて使った・・・様な気がするんだけど、、どうかな?(^^ゝ♪
しかし、最近取り沙汰されている秋入学制度が導入されたら、また学生生活も彩のニュアンスが変わるのかな?また次の時代の歌が出来たりするのだろうか・・・(遠)。
もう、このごろでは学生時代のことはいつの間にか忘れてしまっていた 。それでも大学施設などがまとまって近所にあると、日々、色々そんな風景も目にする 。学生さんたちがリアルに21世紀も勤しんでいる 。
立春、如月。
"卒業"まではまだ少しある。
君の涙の雪が肩に降り積もるのか溶けちゃうのかはまだわからない♪ 青春てあやふやなもの。だけど、君と交わしたこのほんの一瞬・ひとときは、その後の人生でいつまでも胸の片隅に潜伏し続ける1ページだろうと想う。
夢や挫折や、現実やしがらみが積み重なって、清濁混然とした社会に出ていく前の何気ない純粋なこのひとときが、かけがえのないものだったって気付くのはいつのことだろう・・・
(追)
Shoyanは以前ラジオで
「カレンダーの紙の裏に絵を描いたりします(笑)」
なんておっしゃっていた
そういうのをとっておいて、何年か後で見たりすると楽しいだろうね♪
この独特の季節感 二十四節気でもなく七十二候でもなく、受験~卒業の頃のくすぐったい切なさというのは 、古い時代にはなかった不思議な 新しい日本人の感性だと思う。
明治維新以降(実際は もう少しあと)、日本も西洋化が進んで 一貫した学校教育が始まると、進級したり卒業したりすることが 日付で決まって進められていくようになった。そうした生活が始まってこその季節感だと思う 。
もちろん、"別離・旅立ち"に叙情を感じることはそれ以前にもあって「春は名のみの風の寒さ」という感じ方も古来、それぞれ色々な歌に詠まれてきたと思うけど、"春"という季節に"別離"をシンクロさせるようになったのは近代の意識なのでは?と思う 。
元々、春は物事が生まれ出、 復活する歓びの季節だったはずだ 。それが"去る"というニュアンスを含むようになったのは 、近代~現代の新しいライフスタイルが産んだ日本人の歴史的な美意識の変遷だと思う 。
(と、勝手に妄想してみる)
"生まれることと去ること"の矛盾を美意識にする、そんな感性に誇りを持ちたいと思うのだ。その、実は新しい感覚を言葉にしてメロディーにして、この『暦の上では』や『なごり雪』など、
春の別離を歌というカタチにして世に出した伊勢正三という人の仕事って、本当に先駆けだなと想う
・・・
この歌の好い所は、ふんわりシュークリームみたいな作りになっているトコロ♪男女の深い心の機微とかじゃなくて、彼と彼女が人形劇のキャラみたいに歌の景色のアクセントになって置かれている。この素朴さにホッとする 。
~君の涙が雪に変わって
僕の肩に落ちた・・・
ここでも、冬の涙が暖かい 。
Shoyanの歌の象徴的な"寒い季節の涙" そして雪* 。とてもメルヘンチックな描写でホント素敵だ。
でも一方で 、
~下りの汽車の時間
~野球帰りの子供たちの声
なんて、とても写実的でリアルだ 。
そのフレーズを、転調した最後に置いて 、
~まだまだ寒い日が続く・・・
と、余計なことは言わないで、ふと切り抜いた"午後のひととき"だけを残して終わるのが本当に見事だ。この歌は意味深な言い回しとか派手な描写があるわけではないけど 、飽きの来ない線描、ほんの少しの彩色で洗練されている超級名曲だと想う 。
※当時「ボタンダウン」なんてフレーズを意識的に使ってみたくて使った・・・様な気がするんだけど、、どうかな?(^^ゝ♪
しかし、最近取り沙汰されている秋入学制度が導入されたら、また学生生活も彩のニュアンスが変わるのかな?また次の時代の歌が出来たりするのだろうか・・・(遠)。
もう、このごろでは学生時代のことはいつの間にか忘れてしまっていた 。それでも大学施設などがまとまって近所にあると、日々、色々そんな風景も目にする 。学生さんたちがリアルに21世紀も勤しんでいる 。
立春、如月。
"卒業"まではまだ少しある。
君の涙の雪が肩に降り積もるのか溶けちゃうのかはまだわからない♪ 青春てあやふやなもの。だけど、君と交わしたこのほんの一瞬・ひとときは、その後の人生でいつまでも胸の片隅に潜伏し続ける1ページだろうと想う。
夢や挫折や、現実やしがらみが積み重なって、清濁混然とした社会に出ていく前の何気ない純粋なこのひとときが、かけがえのないものだったって気付くのはいつのことだろう・・・
(追)
Shoyanは以前ラジオで
「カレンダーの紙の裏に絵を描いたりします(笑)」
なんておっしゃっていた
そういうのをとっておいて、何年か後で見たりすると楽しいだろうね♪
プロフィール
HN:
No Name 七氏
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。
☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!
☆ミラーサイト(予備)
http://shoyanlove774.jugem.jp/
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