Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
それで今頃改めて思い出したのですが、昔からビートルズの『Girl』を聴くと、『アビーロードの街』を想ってしまうのであります。ド直球すぎるかな^^;
リズムが似てるから??
歌い出しがなんとなく色が一緒みたいな気がして、なんかこのやるせない感じが自分的には合ってるのでイイナと思っているのです。
♪ビートルズの歌がきこえてきそうと
二人で渡った交差点・・・
これは別に具体的な歌ではなく、あの横断歩道を渡る的なシチュエーションと被せて・・という意味だと思うのですが、『Abbey Road』のアルバムにはこの『Girl』は入っていないから関係薄い。でも年代的にはこの曲もアビー・ロード・スタジオでレコーディングされていたみたいなのでお許しを。
・・・
♪好きなんだ
これは、恋を始めたいのか確認したいのか、
「私もよ」って彼女は言うのかな?
「え、そうなの?」って戸惑うのかな?
何故、今日水曜日は逢えないのか?
普段は意識しない二人のままで行動している時間も多いみたい。
無理して笑わせるくらいだから二人の心はまだ別みたい。
喫茶店や交差点、日常の延長。
この二人、学生か何かで取っているゼミの時間割が違うのだろか。彼女は電話が通じる実家か下宿先にいる水曜日。
彼もきっと今日は用事(講義)がないのに、部屋に一人いても図書館に行っても原宿あたりをぶらぶらしても、モチロン彼女がいるわけもなく・・・
でも逢いたくて、いつもの風景に身を置きたくて雨の中来ちゃった。
彼女の存在が欠けている日常を再確認しちゃって、余計に寂しさ募らせて、それを埋めたくて賭けてしまうその十円玉。
吉と出るかどうなのか・・・(悶)。
♪ガールフレンドと気軽に呼べば
君はいつだって腕を回した
『地下鉄は空っぽ』
地下鉄つながりの後年のこの曲では、”あんなこと言わなきゃよかった”と後悔やぎこちなさが先にたっていて恋のゆくえが切実なのだけど、アビーロードの街では聴く者にはその顛末は知らされないまま♪青山通り雨通り~でフェイドアウトになってしまう。だからロマンチックな気持ちで歌を置いておける。
「うん、ありがと」
って言われたのかなぁ・・・
などとこちらも考えながら外苑あたりの雨の遠景に想いを馳せるわけです。
一周回ってまたビートルズを聴いてみようかな。
同じアルバムの『Michelle』なんかもいいですネ♪
(むしろコッチ?)
買った当初はひとりで弾き語りの2曲以外はもうほぼ全部大阪なんじゃん!と僻んだ気持ちで萎えていたのですが(萎えるのかオイオイ^^;)、ここのところの心の変化もありまして、また正面から向き合ってみようと挑んでみたのであります。
心を鬼にして!?Shoyanのパフォーマンスにポォ~っとならないように(笑)冷静にひたすらピックの様子を観察してメモをとってみました。
そうしたらば・・・
めっちゃ細かく横浜(関内ホール)の数秒のショットが多数差し込んである!!!(@_@) これでもかというほど、変態的とでも言えそうなくらい^^;のこだわりの強い編集がしてある!
しかも・・・自分的にはとても大切なフレーズだったりして涙出てきました。
あぁ、横浜のステージは切り捨てられたんじゃなくて逆に丁寧に吟味されたんだなって想えて幸せな気持ちになれました。今頃なのですが心が温かくなっています。Shoyan監督アリガトウ♪って想えます。
見分けるコツは
・マイクのピックホルダーのピックの配置
>大阪=白いピックが上から3枚、オレンジのピックが下に3枚。主にオレンジのピック使用。
>横浜=オレンジのピックが上に3枚(一番上の向きが替わったりする)、白いピックが下に3枚。
・シャツの胸元の黒いインナーがチラ見えするのが横浜、大阪は見えない。
・ヘアスタイルが横にポヤポヤ広がっているのが大阪、横浜は暗めでまとまってタイト。
横向きでもサイドの髪の流れが違う、大阪はクルン@となっている。
・照明のニュアンスが違う?
・マイクのポチ?の位置。
で、各曲見ていくと
『Moonlight』
♪訪れる時を見ている~、の部分。
・ユタさんのエンドの演奏からのShoyanニヤリ顔、ラストの弾きフレーズ。
『地平線の見える街』
・なし
※途中の笑顔や良く歌えている感じが納得のベストテイク。
『ほんの短い夏』
♪送ってとは言わないの~の横向きショット。
♪最後の地下鉄が街の下くぐり抜けて君が僕の時計遅らせたと知った~、の正面テイク?
♪こんなに好きなのはわかってるくせにいつものように送ってとは言わないの~、のマイク持った横向きテイク。
『夜汽車は南へ』
・ほぼ大阪。
『テレポーテーション』
・イントロの手でクラッピングしている一瞬。
♪光より速く走る?君への想い こんな時アインシュタインも~、まで。(涙)
『あの唄はもう唄わないのですか』
♪今も信じてるあの唄を~、からのエレキのフレーズ部分。
『星空』
♪彼の写真入れてた~、の正面テイク?
『暦の上では』
・イントロの一瞬と
間奏♪下りの汽車の~、の直前のShoyanのスゴクいい顔しているテイク。
『冬京』
♪わかるのだろう~、直後のギターのフレーズ(イントロも少しアヤシイ!?)
・ラストフリーギターソロのぼかしからのアップ+ピック咥える胸元の一瞬のショット。
※「横浜ではピックを咥えて爪で弾いてた」と自分のメモに書いてあった(笑)
『雨の物語』
♪窓の外は雨、雨が降ってる~、の横顔から手元まで。
『湘南 夏』
・なし
・・・
てな感じで、ここまで観てきました。
後半『ペテン師』などでもピックの違いでわかる箇所があったはずです。止めたり戻したりしながらDVDのプレイヤーが壊れそうなほど確かめてみました。続きはまた後日の楽しみにします。
DVDのブックレットもよく見たら表紙のShoyanのお姿はもしかしたら関内ホールなのかもしれません。客席は大阪のようですので、うまく混ざっているんですね(*´ω`)♪
差仕込んである譜面が『夜汽車は南へ』と『テレポーテーション』なのが、今となってはとても嬉しくて、やっぱり買ってよかったと想っています。
見返してステージの様子・プレイのご様子に想うことも発生しました。また続きを書けたらと思います。(オフステージのショットもありますしネ)
コンサートなどの予定は全然ないのに想う時間は足りないぞ!!!
自分が5人くらいいたらいいのになと想う今日この頃です(*´▽`*)。
この歌イキナリ色っぽい。
素肌にそれだけなのだろう・・・
けれど、独り寝なのが哀しい。
借りたままのフリースと違って
いっそ消えてなくなってしまいたいという眠り。
=時を止めている様子が手に取るように解って温度が低い。だから一層ぬくもりが欲しくなる(涙)。
それとも、”男らしく”自分を鼓舞するために自ら纏ったものなのか?
あの頃暮らした街から離れて棲む彼女の、傍らにまだあるそのシャツが不変に白くて苦しい。
♪風が吹き荒れた夕暮れの街は
とはいかに?
水槽ってガラスなどで囲われている限られたエリアというイメージだけど、なぜここではどこまでも遠く視えるのだろう?
街はどこまでも見渡せるようでいて彼女の意識はまだ”あの頃”に囚われた水槽の中にある。遠く見渡せる街並みが果てしなければ果てしないほど、彼女の時はここで留まったままで哀しい。
夕暮れの
たゆみないBossaのリズムが揺れてそれを運ぶ。
閉め切った窓の外
動いているのは景色の方で、自分はそこから動けない。置いていかれた時間。もうこれ以上考えたくない程、思考停止するほど囚われた愛(と思っていた)の時間。もう届かないのに、それを葬るまでの哀しい凪の時間をひとりいる彼女をずっと痛ましくも親しく想ってきた。
今書いていても涙が出る。
・・・
つもり・が積もって
そんなに激しい衝突じゃないから、アスファルトに沁みた水が凍ってひび割れる路面のように、微細に進行する哀しい瑕(キズ)が表面下で広がっていたことに人は気付けない。だって、自分自身の心の中のダメージだって自覚出来ない時がある。ましてや他人の心の中なんて・・・人の心が何層にもなっていると気付くのは、こんな哀しい時間を幾度ももがいた後のことなのだろう(涙)。
二人過ごした時間が崩れて、壊れて粉々になって、 砂時計の粒になる 。
まるで水槽の中に閉じ込められた魚のように・・・
Shoyanのガットギターは熱帯魚水槽のエアレーションの泡のように柔らかくたゆみない。差し込んで伸びる西陽のような準氏のエレピとシンセが背景を作り、斎藤ノブ氏の色っぽいパーカッションで胸の鼓動が時を穿つ。
イントロはまるで水鳥の着水のようで、曲が始まれば水中を縦横に泳ぐ魚の翻り、枯れた穂がたなびく荒野のような侘びたアレンジにオトナのオトコ極まったShoyanの声で切ない言葉が乗っていく。なんというハンサムなサウンドなのだろう。至高です。
繰り返しになるけれど、その昔ShoyanがA.C.Jobimがお好きだとおっしゃっていたのを聞いた時からいつかBossaNovaテイストの曲を作って歌って欲しいと想っていた。単に編曲の形態としてだけではなく、そのスピリットな部分・サウダージとして・・・ということ。
それが叶ったのですから、この歌の登場は本当に嬉しかった。
せつない愛の粒をパンニングするのにBossaの揺らぎはとてもマッチする気がして、時にはそんな容れ物もいいなと思うのです。
~時は
ここに時の正体が散りばめられている。ただ一方向に流れてゆくだけではない、時を経て飴色になった象牙のように曖昧な出処と行方とが陰陽のようで非常に美しい。この歌の真意なのだと想うのです。この頃、Shoyanはその”時の本質”にお気づきになられたのではないだろうか。そんなひとつの到達を感じる一曲でもあるのです。
ジャスミンの、官能と癒しのふたつの意味。
いつかの軽井沢大賀ホールで佐藤準氏と歌ってくれたあの数分が私の一生の想い出です。ステージで歌われることはほとんど無いけれど、いつか自分の時が止まるその刹那までずっと聴いていたい宝物の一曲であります。
※追
『水槽の街』は私にとって伊勢正三の音楽と自分の心の中とをダイレクトに繋ぐ臍の緒のような存在で、時間と想いの行方を何十年も共に見つめてきた大切な曲だ。1994年当時アルバムに収録されたこの歌を聴いた時、私の心は寸分たがわずShoyanの歌の世界と嵌って離れなくなった。
この歌は私の顕在意識と潜在意識のどちらにも深く入り込んで、きっと何かを少しづつ動かした。辛いことも奇跡も伴って今ここに在る。実際は全部自分自身の責任なのだけれども、この歌はどこか聴く者の行方をも孕んでいた気がしている。
もう何年前になるだろう、Shoyanが大久保氏と風を再び始めたいと願いながらチケットまで発売済だったのに実現されなかったあのツアー。それが不可能になった時にShoyanが選んだ”ひとり旅”というスタイルのことを想うとこの曲がまず浮かんでくる。
平成・2000年代の伊勢正三が”風”をまた始めるのならば、絶対に歌って欲しい曲があった。
『時の流れ』がそれです。
果たして、そこまでの何十年の間にこの歌がコンサートで歌われたことがあったのだろうか?
もちろん、風のオンタイムではステージで歌われていたと思うけれど(1977年の音源がありますね)、ソロ〜フッカツ以降は個人的にはこの歌の印象ってほとんど無くてずっともどかしかった。
示唆的なフレーズが沢山あってメロディーも演奏もめっちゃカッコイイこの歌、ブラスとギターの風通しのいいサウンドがアニキっぽくて憧れた。こういう歌があるから風は深いんだ、と独りで息巻いていたし、ステージ映えするだろうなぁ〜とずっと想って待っていた。
だから、風ひとり旅で演奏されるようになって感激した。永き時間を重ねられたShoyanの中でこの歌の存在感が濃くなってきたのかもしれないと感じた。この今も一線で演奏されることを尊く想う。
・・・
♪目の前の砂時計をうら返せば
時はすぐに流れてゆく
この砂時計の砂は物質だ。
昔、”アレとコレ(物質)の距離があるからソコからココまでの時間が発生する”というようなことをどこかで聞いて、なるほどと思いながら歌を聴いてきた。砂も上から下に移動するから時間を計れるのですよね。
そしてこの歌も基本的に”時は流れてゆくもの”という前提だ。この頃のShoyanの歌の中ではまだ時は留まったり重なったり共時したりしない。自分では干渉できない運命のような不可避なもの・そんな存在として歌われていたように思う。
それがこの後解釈が広がっていき、様々な歌が生まれていくことに繋がっていく。これは”時間”というものの考え始めな、出発点の曲だと思うのだ。
♪どんなに遠くに離れても
季節の風が追いかけてくる
どこかでぼくが立ち止まらないように
時は流れてゆく
この彼の立場は言い換えると
「時が流れてゆくから
ボクは立ち止まらないで前に進むのだ」
てなふうに聴こえる。
自分でも何十年も前に聴き始めた頃は、四季や時間の流れって絶対的で不変だと思っていた。だから、”時”は自分を立ち止まらせないように分岐・別れの直後から強制的に先に運んでくれる単純明快な存在だと思っていた。
サラッとカラッとひとつの別れのあとの再出発のようで、少し”空元気”とも思える内容に若さを感じるのです。
でもこの何十年も聴いてきて歳を重ねると、実はそうとも言えないんじゃない??と想う気持ちも並行して湧いてきた。時間も季節も実はあやふやで、そして流れない時もあるのではないか?と。
タバコも砂時計も”反映”に過ぎない。
目に見える物質だから時が流れていくを感じることが出来るのだけれど、でも、自分の意識がそんな物質の変化と添えなくて独り動けなくなってしまったらどうする?
実際のところ時間は手を掴んで連れて行ってはくれない。
自我が傍観者であるうちはその時の流れは目の前の通行人だ。
この”僕が立ち止まらないように”と思えるようになるまでの苦悶はこの歌ではまだ埋もれて語られてはいない。
その時全てだと思った”君”が目の前から消え去ったあと、”君がいたから”こそ流れていた時間が欠落してしまって自分が空っぽになってしまう。そんな時、時間の本流はどこにあるのだろうか?
この歌の内容からは少し脱線するかもしれないけど、弱い人間は時の流れに置いてけぼりにされることも多々あると近頃では思うのです。
そして物質のない世界=心の中・意識の世界では時間はどんな風に在るのだろう?そのあやふやな”時の真実”の部分をShoyanご自身もその後何十年も歌の中で考証されて来たのではないかと思っている。
♪いつになれば ずっと前の出来事だと想えるの?
♪今でもまだ ほんの前の出来事だと思えるの
(水槽の街)
そして
♪その時 同じこと 同じ素振り
瞬く間さえないくらい
(テレポーテーション)
まで。
それが興味深くてずっとShoyanの歌たちを追ってきた私なのですが、物質的に離れていてもソコとココで同じ時間が流れているという最近のLOVEタイムラインの到達点は納得の極みなのだ。
と、そこに行き着いて今振り返ると、この『時の流れ』はすべての根本にあるはじめの一歩な曲だと思っているわけです。
・・・・・
♪君はわかっていたのかもしれない
を想うに、
それこそが自分と他人(愛した存在)はそもそも”別タイムライン”だったのだ・という前提が虚哀しい。
♪壊すためにつくる積木のように時は流れてゆく
という凄まじい特級フレーズの意味は、密かにShoyanの歌たちに潜む虚無を如実に語っている。
伊勢正三の歌たちのそこここに潜んでいる冷徹なリアルの象徴。恋人たちの甘い時間や、努力や思いやりという心尽くしや、子どもの成長や仲間との信頼関係なども、みないつかは色褪せてしまうのだという、人間不信とも思える虚しさをはらんでいるようで震えるのだ。
嫌なことを忘れられるのも時の流れだけれど、良いことすらも劣化して風化していくのだと言う。このクールな虚しさ、堪らんのです。伊勢正三って凄いなぁ・・・と平伏するこの至高フレーズです。
別れの直後から、君がいたさっきまでの時間はもう別のタイムラインで、分岐したらもう一切交わらないよ・振り向きもしないよ・無かったことレベルだよ、、、という”理想”みたいなものがここにあるけれど、そうもいかない剥がれきれない現実もあり。それをまたその後追求していくShoyanの二重スタンスが興味深いと思っている。
・・・
(そしてまだ続く^^;)
♪別れることが終わりならば
別れることが始まりだと言えないだろうか
この逆説引用はある意味、別れを認めたくない強がり理論なのかもしれないけれど、十代の自分にはモノ凄く大切な導きとなった。
この後、
「想い出すなら忘れよう」
「寒さの中にかくれているのは暖かさ」
「悲しさは楽しさにも似て」
「悲しみなんて幸せの前触れ」
「遠ざかるほど君は近づく」
「気にしながら見過ごしてたの」
などなどなど、物事の表裏や多角的な視方を示してくれるShoyanの歌の黎明だったと思う。失恋して哀しい寂しいこの世の終わりだ・じゃなくて、そもそもの
「”別れ”って何よ!?」という考え方が本当に面白くて興味を惹かれた始まりでした。
※『夏この頃』の"山で死んだあいつ〜今朝早く男の子が生まれた"もその類かもしれない。
季節の風が吹いてきたことでやっと自分の胸の中の風車が回りだした。それが自分時間の再開。
季節の風は”他”や”偶然”みたいなものだろうか。
もしくは”縁”みたいなものかもしれない。
また春が巡るように
人は本当はひとりではなくて、
孤独だけれど一人ではないのだよって、
時の流れに漕ぎ出すための帆を張れたなら、
そこに感じられる季節の風がある。
何かを壊すために時は流れていくけれど、
でも・・・
時計の針が時を流しているわけではないって、Shoyanの歌の中でさえその意味は彩りを増していくから、聴手だって自分時間のバリエーションを増やして行けばいいのだ。
この歌をステージで聴く時は、歌をお作りになった時のちょっとツッパった感じの若き日のShoyanと、熟成に熟成を重ねた今の熟れ旨味マシマシのShoyanとを同時に感じて考えてみたりします。
これからも”新しい時の流れ”を感じられるように、そして自分がそこを吹き抜ける季節の風でいられるように、これからの時間、一音たりとも聴き逃がさぬようにと想う2026年の幕開けです。
またもやのとりとめなき、ご容赦。
冷たく 透き通る前に・・・
温もりで滲む・とは
きっと暖かい息
寄り添いの体温
カップから立ちのぼる湯気
二人だけの部屋の
現在進行形が包み込む密室の曇りガラス
けれどそれがいつしか、立ちはだかる現実の前で冷たく透き通る=すべてがあらわになって我に還ってしまう時が訪れてしまう。
そうなる前に
愛し合っているまま
あたたかい苦しみのままで
二人のことを永遠にしてしまいましょう
という別離なのだよなと。
何年経っても涙する。
真冬の黄昏時、日没に背を向けて
奈落のような暗い空に想うのは
いつも同じこと・・・
#冬の恋~parallel
今朝の富士山&御日様パワー☆
昨年中はこのような独白にお付き合いくださり
ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
年が明けたと言うだけでもうすでに未来に来た感じです。始まった感じがします。
”宇宙の辻褄合わせ”というものがあるそうなので、気持ちから入ろうと思っています(笑)。
みんなでShoyanの歌を沢山聴いて豊かに楽しく生きていこうではありませんか。
LOVESONGsの恵みに感謝☆
2026年 元旦
七氏@仕事中(*´∀`)♪
〜ささやかなこの人生〜
1.時の流れ
☆うわ、23曲も演っている!
ということで、意気込み満点!以上の今回のShoyanのステージを、また勝手に個人的に記録しておこうと思います。乱文ご容赦ください。
逸る心で書いた先述のβ版に書き加えて再掲します。
~開演~
バーガンディーの重々しいドレープカーテンのような緞帳がノーブルな雰囲気。
開いてShoyanの登場に会場大きな拍手、それに応えるようにギターを抱える前にステージ前面に出て来て左右満遍なく両手を挙げて挨拶をされるShoyanがすでにご機嫌であった。
1.時の流れ
(歌詞に想うことあり=後日述)
2.ほおづえをつく女
MC:
3.あの唄はもう唄わないのですか
♪私のために〜 も確実に出て、客席が感動してゾワゾワしているのがわかる、終わりの拍手も早い、最後の方でShoyanの声がとてもいい意味で震えた時があった。今まで聴いたシングルバージョンの演奏で一番感動した(涙)。
4.星空
☆今日のヘアスタイルはサラサラツヤツヤにシュッとタイトでカッコイイ 、年齢相応の垢抜け感があって(萌)。
☆今日はもうこの最初の3曲だけで充分に十二分で納得して憧れて満たされたので、非常に心地好く『星空』を聴くことが出来た。
5.忘れゆく歴史
☆ここでここ鎌倉芸術館の前身は松竹の大船撮影所だったということで、「その『昭和の電圧』がいいんです、いいんですよ!」と非常に良いお言葉を伺った。エコなんて意識がいい意味で無かった頃の、怒張していた時代を知っているShoyanならではのお話が嬉しかった。
※かつしかのコンサートの翌日に柴又の寅さん記念館に寄って来た私は松竹撮影所とShoyanの寅さんが大好きとのお話にニマニマした。記念館に設置してあるセットはまさに大船の撮影所から移設されたものなのでした。
6.ほんの短い夏
肩から下げたBassをのけぞって弾き込む熱いShoyanのお姿に、今日の心意気とその中の音楽の神様の祝福を視た。
☆許せる揺らぎ・がクセになるって想った♪
ナニソレlove(´▽`*)w
7.テレポーテーション
☆指を使ったり手のジェスチャーが多くて、この歌に込められている世界の案内感がハッキリしていて良かった。ギブソンでノッているShoyanは確実に煌めいているしカッコよかった。私もまた一緒に何かジェスチャーしたくなりました。
今までの22才の別れ〜テレポーテーションのフリ幅も良かったけれど、この新曲から新曲へのバトンタッチもすごく素敵な流れだった。この歌を歌ってくれて心底嬉しかった(涙)。
※ただ、終演後帰り際の家人の横で「テレポーテーションだけはわからない」と言うようなことを話していた老婦人グループがおられたそうな。家人は大憤慨していましたが、私はそっちの平行世界に残っている人たちもいることも自然だと思いました。ヒット曲だけ好きという人も多くいるでしょう。自分の青春だけにしがみついている人も。
ただ、音楽や言葉を好きな気持ちでいると伊勢正三の世界は底なしに誘ってくれます。その誘いにノラないのはもったいない!欲を言えば『テレポーテーション』の先の曲だって聴いてみたいくらいです。
この歌を歌う前にShoyanも「Re-bornもあっという間に5年」とおっしゃっていた。その5年を想い涙するけど、でももう更に今はその先の未来、その未来だって明日には過去だ。貪欲なファンでいるぞと心密かに誓う私であった。
☆で、テレポーテーションを歌う前に新曲?の扱いについてのこうせつ先輩との取り決め(作って20年以内は新曲と呼ぼうと(笑))などのお話もあり、次に椅子に座って佐藤準氏と丸山氏の3人になって”フォークスタイルで”と銘打って
♪あなたはもぉお、神田川〜、
とだけお歌いになり会場爆笑w
8.雨の物語
ハモニクスひとつ決まるとそこに丸山さんのチェロが絡んで雨音のタイムラインが伸びてくる。響きをまとった生のピチカートに準氏のピアノが大粒で窓に落ちてくると、Shoyanのギターが気合籠もって共に絡み合う。準氏の転がるピアノにShoyanの安定したWetさがノッて叙情豊かな切ない物語だった。そのすべてをチェロが包んで最高の出来上がりでした。
客席が確実に感動しているのが伝わる。
9.湘南 夏
☆由比ヶ浜のイントネーションと加山雄三氏のことをトークされて、とてもリラックスされているShoyanのお姿に更に心あたたまりました(*´∀`*)。
※普段私たちのイメージの「由比ヶ浜」は「池袋」みたいなイントネーションだと思うのですが、Shoyanがおっしゃっていた地元民のイントネーションは「春が来て」みたいな感じらしいのです(すんごいわかりづらいぞ七氏(笑))。
10.あいつ
準氏のKeyの水彩画のような音が優しくて、そこにShoyanが指に気合を込めてD45を弾く姿は確実な音楽の魅力に溢れていて本当に感動的だった。
11.22才の別れ
紫色のバックライトが大人っぽく、ギターの最後の一音まで揺れて音が詰まっている万全の22才の別れでした。白いウエーブ地の柔らかジャケットや地模様の入った紺のパンツがお似合いで素敵だな〜素敵だな〜とShoyanのお姿ばかり視ていました(歌を聴きなさい自分(笑))。
※先の由比ヶ浜の発音のことをバックの各氏に訊いてみるShoyanですが、「東京の人は「かたづける」のことを「かたす」っていうよね」とか、「なんでも、あのさ~・このさ~って、”さ”をつけると東京の人かなって」と、ご自分で”つまんない話”などとおっしゃりながらも”都方人定義”を弁じてくれて面白かったのでした。
12.海岸通
がしかし!!!!ここで劇的な海岸通がキタことで指の痛みを忘れてしまう。ここでもShoyanご自身の爪で直接弦を弾く音が艶めいていて胸に刺さりまくる。
歌い始めれば
しかも!
今までもこの曲が素晴らしい結果であったことは多々ありました。でも、この歌がこんなに激しいものだったかと、思い知らされたのは初めてです。こんなに熱くてせつない海岸通を今歌うShoyanのことを心の底から尊敬します。
☆気づけば周辺の人達も泣いている。
13.夜汽車は南へ
安心寄り添いの中で、確実に心のレールが繋がった!と、至福の想いでした。
今回他の歌でも『君』という単語が出る度にShoyanは指差しジェスチャーをしてくれた。何か確実な”君”を探し当てられたのかもしれない。
(お着替えタイム)
☆この間のフリー演奏がまたヨカッタ!準氏のハモンドシンセはノリよくコロコロと奏でてくれる。鍵盤に顔がつくほど弾き込んでくれる準氏に感激。そこに丸山さんのエレベがトゥーン♪と絡んで岩井さんのエレキ、細井さんのエレピ、春名さんのフルートが綾なすゴキゲンステージを野口さんのドラムスでカチッと。
☆半袖のスワン模様のブルーシャツに着替えたShoyanまたカッコヨス
☆客席から優しくて大きな拍手で迎えられる。
14.3号線を左に折れ
高いフレットで細かい音まで弾き込んでいるギターのキラメキと、丸山さんの茫としたチェロと向き合って掛け合う余裕に安心してサミシサを堪能出来た(涙)。またもボロ泣く。8ビートがこんなに哀しいなんて・・・
☆この歌の孤独は絆なのだと想った。
15.冬京
♪暖かい愛がなくては〜、でShoyanが微笑む。
ハモニクスが決まってそこから怒涛のソロフレーズ、これがまたいつもと少し違うフレーズも織り交ぜて本当に新しかったのが感激。Shoyanはもう一人のShoyanと対話しているようで、それが聴手の身体全部に沁み込むように伝わってくる、届いてくる。
16.ペテン師
私は歌詞を思ってちょっと我に還る。
今回もバックのスクリーンに歌詞が出ている曲がいくつかあったがもう気にならない(笑)。
17.通り雨
春名さんのパーカッションも弾ける。
バンドのみんなも歌えばいいのにと思う箇所あり>♪通り雨〜の部分。
☆Shoyanのお声が少しザラついてきたのではないか、と感じるも気にならず。イキオイあるので良かった。無理もないのだと思う。そんな、限界突破に挑んでいるShoyanの御志を感じまくって納得の心持ちだった。
18.月が射す夜
Shoyanの歌いながら”語尾上向き作戦”が大成功していて、しかもザラついてきた声がこの曲にむしろカッコイイ!また涙こらえきれず嬉しくて泣く私。準チャンのハモンドも炸裂しているし、”佐藤準の無駄遣い”が解消されて感激極まる。マスクの中が涙でしょっぱくなっている(笑)。
歌い終わればShoyanご自身も笑顔!
19.君と歩いた青春
♪しあわせに・・・できなかったこと
と、噛み締めて一生懸命に歌われている、それが伝わってくる、痛いほど。少しだけテンポからずらして歌う、またそれもイイ。丸山さんのチェロが底上げするようにふわっと盛り上げるので、なんと豊かなシーンなんだろう・・・
♪みんなで釣りへでもゆきなよ〜
で湧き上がった大拍手は客席からの嘘偽りのないShoyanへの賛美だったと思う。
〜アンコール~
20.ささやかなこの人生
☆いい声出てるジャンShoyan!とみんな楽しい気持ち。溌剌として明るく跳ねるような気持ちのステージは幸せの塊だった。
Shoyan愛してる・と想う。
※ただ、なんとなく後半、バンドの音が少〜しクドくなって来た気もする?気分良すぎてヤリ過ぎちゃってるのかも!?(笑)。
21.海風
今日はShoyanの手元がよく見える。前に出てきてくれたストロークを正面から浴びる、なんていうか、まるで勤行のような波動が出ている(なんという例えか^^;)。丸山さんのチェロが激しく、準氏の泡立つハモンドも上下に伸び上がって、海風という歌のポテンシャルを最大無限に拡張していて熱かった。そこに乗っかるKING・Shoyanが本当にカッコよかった。
ギターを高く掲げるShoyanご自身もまた髪の毛が逆立って後ろ髪が膨らんでいたので、ヤリきりと充実を得られていたのだと想う。会場全員が満たされて本当に好かった。
22.なごり雪
(それでもここで「今日は海岸通がすべて」なんてメモしてある)
歌い終わり、ニマ〜っとしてShoyan終演かと思いきや・・・
〜再アンコール~
23.おもかげ色の空
この歌をソロライブの最後に持ってくるとは・・・
そうだね、色々あり過ぎた今年のことはここに置いてまた新しく始めよう、ってShoyanから肩を叩かれて励まされたような気がした。
なんて楽しい時間だっただろう。
深くお辞儀をしてくれたShoyanが顔を上げれば、そのお顔は紅潮していた。並んだ他のミュージシャン各氏の中で、そのShoyanの紅潮はひときわだった。そんなこと目についたこと無かったから、今回のLIVEの未知の部分・新しい世界を感じられて本当に嬉しかった。
・・・
終わってみればあっという間で、開演直前までの不安と諦めという魔の時間?は瞬速で過去になっていた。本当に今日のShoyanは愛おしさの塊で、芯から燃えて真っ赤になった鉄球のようでした。私はそれを素手で受け取りたいのです。いつの時も。
♪部屋の明かりはつけたままで・・と始まった今年のツアーだったけれど、
今回のLIVEで全身にその音楽というShoyanからの贈り物を感じることが出来たのは何よりの喜びでした。充実して締めることが出来た鎌倉芸術館でした。私は今年は佐藤準氏の参加がエベレスト級の衝撃幸福だったので、それと相まってナカナカに忘れられない一年になりました。
今年は海老名とかつしかの謎低空飛行もあって、行くたびに展開が違うという一年でした。来年も読めませんが(笑)ハラハラ&ドキドキさせてくれるShoyanのご活動から目が離せないのは事実です。
昨日の名古屋も最高だったと聞いています。
きっと大阪も♪
(そんな興奮があったという想い出としてコレはココに置いていこう(笑))
2025年11月29日(土)
1.時の流れ
☆うわ、23曲も演っている!
ちょっと異例ですが、興奮がフレッシュなうちにほぼShoyanのパフォーマンスに特化してココロで想ったことをまた箇条書きで書いてみたいと思います。それだけ逸るんです心がっ!!!
☆エレキを抱えたShoyanが仁王立ちで歌い出しから声も出てるし、肩を上下させてノッている姿が熱さの体現でカッコいい!初っ端から抱きすくめられたかのような愛の衝撃キタ!ヤバい!丸山さんのチェロが低いところでずっと鳴っている。それが厚みを持たせている。(歌詞に想うことあり=後日述)
2.ほおづえをつく女
☆ワインレッドのバックライトに♪ボタンひとつ外して〜の胸元開けるジェスチャーにクラクラした。エレキの音もチカラ強く確実で、エンドのソロも現在のShoyanの落ち着いた円熟の音がしていた。それはまさに100倍の音です!歌も力強い、牽引力を感じる。ゾクゾクしてきた。
♪ほんの少し光っているから~、でニコっと安堵の表情をされた。
それは私もです(´▽`*)。
MC:
3.あの唄はもう唄わないのですか
☆やはり丸山さんがいてドラマチックの塊になる。広がりのある弦のサウンド束の中でShoyan自身の歌もモノスゴクいい。
4.星空
☆そうか、エレキで激しく盛り上がって、それに続けてこうした可愛い曲でちょっとホッと一息つけるような、そんな位置関係かもと思った。それにはとてもいい曲だなと想う。
☆今日のヘアスタイルはサラサラツヤツヤにシュッとタイトでカッコイイ 、年齢相応の垢抜け感があって(萌)。
☆今日はもうこの最初の3曲だけで充分に十二分で納得して憧れて満たされたので、非常に心地好く『星空』を聴くことが出来た。
5.忘れゆく歴史
☆ギターの刻みがザクザク聴こえて好い。Shoyanの声も落ち着いていて良いし、丸山さんのチェロがあまりにも哀しくてまたもや非常にドラマチック。表情豊かなステージにShoyanも上下に動いて非常にノッている。これは軽井沢での演奏とも違う、新しいバージョンのオトナの唄になったと想った。
☆『昭和の電圧』!非常に良いお言葉を伺った。エコなんて意識がいい意味で無かった頃の、怒張していた時代を知っているShoyanならではのお話が嬉しかった。
松竹撮影所と寅さんのお話にニマニマする私。
(〃∇〃)v
※柴又の寅さん記念館にあるセットはまさに大船の撮影所から移設されたものなのでした。
6.ほんの短い夏
☆もうこの歌の時に平成だったなとしみじみ。歌い出しからしっとりとしてイイですネ♪と、うっとりとして聴く。
☆許せる揺らぎ・がクセになるって想った♪
7.テレポーテーション
☆Shoyanみずから煽るように両手でクラッピングがカッコヨス☆準チャンのベースもカッコヨス
☆指を使ったり手のジェスチャーが多くて、この歌に込められている世界の案内感がハッキリしていて良かった。ギブソンでノッているShoyanは確実に煌めいているしカッコよかった。私もまた一緒に某ジェスチャーしたくなりました。
愛してるぜテレポーテーション!
※「Re-bornもあっという間に5年」とおっしゃっていた。その5年を想い涙。
(神田川)
☆♪あなたはもぉお、神田川〜、 で爆笑w
声を出して笑ってしまった(*´∀`*)☆
8.雨の物語
客席が確実に感動しているのが伝わる。
本当に涙出る。
この御三人は最高だ。空気が違う。
9.湘南 夏
☆由比ヶ浜のイントネーションと加山雄三氏のことをトークされて、とてもリラックスされているShoyanのお姿に更に心あたたまりました(*´∀`*)。
10.あいつ
準氏のKeyの水彩画のような音が優しくて、そこにShoyanが指に気合を込めてD45を弾く姿は確実な音楽の魅力に溢れていて本当に感動的だった。
11.22才の別れ
(安心して下さい、靴下履いてますw)
紫色のバックライトが大人っぽく、ギターの最後の一音まで揺れて音が詰まっている万全の22才の別れでした。白いウエーブ地の柔らかジャケットや地模様の入った紺のパンツがお似合いで素敵だな〜素敵だな〜とShoyanのお姿ばかり視ていました(歌を聴きなさい自分(笑))。
12.海岸通
がしかし!!!!ここで海岸通がキタことで指の痛みを忘れてしまう。ここでもShoyanご自身の爪で直接弦を弾く音が艶めいていて胸に刺さりまくる。
歌い始めれば
しかも!
今までもこの曲が素晴らしい結果であったことは多々ありました。でも、この歌がこんなに激しいものだったかと、思い知らされたのは初めてです。こんなに熱くてせつない海岸通を今歌うShoyanのことを心の底から尊敬します。
☆気づけば周辺の人達も泣いている。
13.夜汽車は南へ
安心寄り添いの中で、確実に心のレールが繋がった!って至福の想いでした。
今回他の歌でも『君』という単語が出る度にShoyanは指差しジェスチャーをしてくれた。何か確実な”君”を探し当てられたのかもしれないと想った。
(着替えタイム)
☆この間のフリー演奏がまたヨカッタ!準氏のハモンドシンセはノリよくコロコロと奏でてくれる。鍵盤に顔がつくほど弾き込んでくれる準氏に感激。そこに丸山さんのエレベがトゥーン♪と絡んで岩井さんのエレキ、細井さんのエレピ、春名さんのフルートが綾なすゴキゲンステージを野口さんのドラムスでカチッと。
とても贅沢な待ち時間でした。
☆半袖のスワン模様のブルーシャツに着替えたShoyanまたカッコヨス☆客席から優しくて大きな拍手で迎えられる。
14.3号線を左に折れ
入フレットの細かい音まで弾き込んでいるギターのキラメキと、丸山さんの茫としたチェロと向き合って掛け合う余裕に安心してサミシサを堪能出来た(涙)。
またもボロ泣き。
8ビートがこんなに哀しいなんて。
☆この歌の孤独は絆なのだと想った。
15.冬京
☆そして続くこの流れ最高!!
♪暖かい愛がなくては〜、でShoyanが微笑む。
ハモニクスが決まってそこから怒涛のソロフレーズ、これがまたいつもと少し違うフレーズも織り交ぜて本当に新しかったのが感激。Shoyanはもう一人のShoyanと対話しているようで、それが聴手の身体全部に沁み込むように伝わってくる、届いてくる。
この時、感じるものが多過ぎて鳥肌が立ってしまい失神するかと思った。こんなにまで震えたことないというくらい空前絶後にShoyanからの圧が濃かった。客席の熱い熱い拍手、自分は痛いほどに泣いてしまった・・・(今想い出しても泣く)
16.ペテン師
17.通り雨
☆Shoyanのお声が少しザラついてきたのではないか、と感じるも気にならず。イキオイあるので良かった。無理もないのだと思う。そんな、限界突破に挑んでいるShoyanの御志を感じまくって納得の心持ちだった。
18.月が射す夜
Shoyanの歌いながら”語尾上向き作戦”が大成功していて、しかもザラついてきた声がこの曲にむしろカッコイイ!また涙こらえきれず嬉しくて泣く私。準チャンのハモンドも炸裂しているし、”佐藤準の無駄遣い”が解消されて感激極まる、
歌い終わればShoyanご自身も笑顔!
19.君と歩いた青春
♪みんなで釣りへでもゆきなよ〜
ラストも無理のない伸ばし声、今の伊勢正三そのものな自然体で非常に感動的だった。
〜アンコール~
20.ささやかなこの人生
大盛況とはこのことか(*´∀`*)♪
Shoyan愛してる・と想う。
※ただ、なんとなく後半、バンドの音が少〜しクドくなって来た気もする?気分良すぎてヤリ過ぎちゃってるのかも!?(笑)。
21.海風
今日はShoyanの手元がよく見える。前に出てきてくれたストロークを正面から浴びる、なんていうか、まるで勤行のような波動が出ている。丸山さんのチェロが激しく、準氏の泡立つハモンドも上下に伸び上がって、海風という歌のポテンシャルを最大無限に拡張していて熱かった。そこに乗っかるKING・Shoyanが本当にカッコよかった。
ギターを高く掲げるShoyanご自身もまた髪の毛が逆立って後ろ髪が膨らんでいたので、ヤリきりと充実を得られていたのだと想う。会場全員が満たされて本当に好かった。
22.なごり雪
(それでもここで「今日は海岸通が全て」とメモしてある)
歌い終わり、ニマ〜っとしてShoyan終演かと思いきや、、、
そのままストロークが始まって驚いた。
〜再アンコール~
23.おもかげ色の空
この歌をソロライブの最後に持ってくるとは・・・
一見明るい軽やかなメロディで和気あいあい大団円のような歌だけれど、これも寒しい歌なのを想って少しだけ切なく聴く。でもまた逢える日をShoyanご自身も望んでくれているような気がして、自分にとっては今年最後のLIVEの最後の曲なのに寂しくなかった。
そうだね、色々あり過ぎた今年のことはここに置いてまた新しく始めよう、ってShoyanから肩を叩かれて励まされたような気がした。
なんて楽しい時間だっただろう。
・・・
終わってみればあっという間で、開演直前までの不安と諦めという魔の時間?は瞬速で過去になっていた。
本当に今日のShoyanは愛おしさの塊で、芯から燃えて真っ赤になった鉄球のようでした。
私はそれを素手で受け取りたいのです。いつも。
今回鎌倉芸術館で全身にその音楽というShoyanからの贈り物を感じることが出来たのは、何よりの喜びで幸せの最たるものでした。本当に生きていて良かったと、自分の生命の喜びまで感じる一夜でした。
♪部屋の明かりはつけたままで・・と始まった今年のツアーだったけれど、
♪部屋の明かり消しながら・・と一区切り。
殴り書きで滅裂な表現で恐縮ですが、今この時の気持ちを早く残しておきたくてこんな形になりました。ひとまずのどれだけの愛を受け取れたかレポートでした♪
Shoyan LOVE! forever☆
※今回出先で書いた部分が大半なので引用歌詞の漢字など違っているかもしれません。後日推敲します(詫)。
