Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
JUNにはまだ早いですが、私の中ではすでに雨の季節は五月から始まっていて、毎年想うことが膨れ上がっていきます。おかげで気持ちもだいぶ潤って来ました。毎年同じようなこと書いていきますがご容赦下さい。
今年は来年の1月に生誕100年を迎えるA.C.Jobim大先生の話題がチラホラ増えて切なくなっております。100年の話が続きますね。
そのショート動画でエリス・レジーナとトム(Jobim)の『三月の雨』のレコーディング映像が出回っていて、メタメタに最高でアヤウクてチャーミングな二人のパフォーマンスに心湧いていたのですが、どうやらそれとともにドキュメンタリー映画が公開される(された)と耳にしました。
ですが、、、
私きっと今は観ないかもと想ったりします。
いつか騒ぎが収まって?自分一人でコソッと時間が出来たら泣きながら観るかもしれませんが、今は観ない。
Shoyanのラジオを積極的に聴かなかったように、何故かあまり”明らかになる”ことには距離を置きたい性分なのかもしれません。
(君焚きはそもそも”聴けなかった”からなのですが(汗))
好き過ぎるものは遠くに在りて想うもの・的な。面倒くさい自分です。
・・・
今になってやっと去年のステージのJUNを想います。あんなに最高なこと、今でも夢のようです。夢だったのか!?
そういえば『雨の物語』が一時、ステージでBossaバージョンで演奏されていたことがあったような気がするのですが、あれも幻だったであろうか・・・私の妄想か?やはり妄想だったかな???
『夜のFM』と共に私はそれを非常に嬉しく想った気がするのですが、もう30年も前ともなると記憶が定かではありません。そんな事実無かったらお許しください^^;
雨とShoyanの音楽を想う時、22才の別れやなごり雪や風やかぐや姫という存在は吹っ飛んでしまって、ただひとつの”伊勢正三”というお姿に対峙する気持ちになります。
果たして未だに風ありき・なステージなのか、それともまた新しいナニかをもたらしてくれるステージなのか、”原因と結果”の見極めを静かな雨音の中で待っていようと想います。
雨のほうがしっくりくるから・・・♪
※つげ義春先生も逝去されてしまいました(寂)。例の『海辺の叙景』のラスト見開きも、海に降る雨一色の忘れ難いワンシーンであります(涙)。
今年は来年の1月に生誕100年を迎えるA.C.Jobim大先生の話題がチラホラ増えて切なくなっております。100年の話が続きますね。
そのショート動画でエリス・レジーナとトム(Jobim)の『三月の雨』のレコーディング映像が出回っていて、メタメタに最高でアヤウクてチャーミングな二人のパフォーマンスに心湧いていたのですが、どうやらそれとともにドキュメンタリー映画が公開される(された)と耳にしました。
ですが、、、
私きっと今は観ないかもと想ったりします。
いつか騒ぎが収まって?自分一人でコソッと時間が出来たら泣きながら観るかもしれませんが、今は観ない。
Shoyanのラジオを積極的に聴かなかったように、何故かあまり”明らかになる”ことには距離を置きたい性分なのかもしれません。
(君焚きはそもそも”聴けなかった”からなのですが(汗))
好き過ぎるものは遠くに在りて想うもの・的な。面倒くさい自分です。
・・・
今になってやっと去年のステージのJUNを想います。あんなに最高なこと、今でも夢のようです。夢だったのか!?
そういえば『雨の物語』が一時、ステージでBossaバージョンで演奏されていたことがあったような気がするのですが、あれも幻だったであろうか・・・私の妄想か?やはり妄想だったかな???
『夜のFM』と共に私はそれを非常に嬉しく想った気がするのですが、もう30年も前ともなると記憶が定かではありません。そんな事実無かったらお許しください^^;
雨とShoyanの音楽を想う時、22才の別れやなごり雪や風やかぐや姫という存在は吹っ飛んでしまって、ただひとつの”伊勢正三”というお姿に対峙する気持ちになります。
果たして未だに風ありき・なステージなのか、それともまた新しいナニかをもたらしてくれるステージなのか、”原因と結果”の見極めを静かな雨音の中で待っていようと想います。
雨のほうがしっくりくるから・・・♪
※つげ義春先生も逝去されてしまいました(寂)。例の『海辺の叙景』のラスト見開きも、海に降る雨一色の忘れ難いワンシーンであります(涙)。
最近、ショート動画などでギターのペグを調節しながらチョーキングする奏法がよく流れてくる。
以前ラジオでShoyanがギターの新しい弾き方の動画を見つけて弟子入りしたいぐらい、と言うようなことをおっしゃってたけど、これだったらどうしよう(*´∀`)ナンテ♪(どうしょうと思うことはなかろう(笑))
ショート動画中毒ってのがあるそうですが、最近疲れすぎていた自分は脳みそを空っぽにしたくて見ハマっていました。
それでも時々、昔の大昔の歌手のとっても素敵なステージなどが流れてきて新しい発見があったりします。そうすると、また好きな傾向の関連動画がどんどん流れてきて・・・永遠ループです(汗。
でも知識の仕入れ先が1つ増えたと思えば、中毒も前向きに捉えられるかも??
・・・
今日は昭和の日だったので(特に100年)、昔の日本のニューミュージックのことを取り上げた番組などもやっていましたが、なぜか私には一切刺さらなかった。
情報や流行はこれからも多岐に渡って周到に消費者の周りに張り巡らされていくのだろうけれど、自分の心に残るものを追って行けば、やはりそれが幸せの目的地に導いてくれるんだろうなって思います。
今現在、伊勢正三の音楽を聴いてる自分、それは紛れもなく自分で選んできた結果なのだと改めて誇りに思っています。
5月の初日までもう1ヶ月じゃないですかっ
Shoyanは今頃すでにもう策(策?)を練っておられるのでしょうか。なんだかソワソワします!(〃ω〃)
心がざわざわしてちょっと由無し事書いてみたりしました。(またこんなのが続きます 笑)
以前ラジオでShoyanがギターの新しい弾き方の動画を見つけて弟子入りしたいぐらい、と言うようなことをおっしゃってたけど、これだったらどうしよう(*´∀`)ナンテ♪(どうしょうと思うことはなかろう(笑))
ショート動画中毒ってのがあるそうですが、最近疲れすぎていた自分は脳みそを空っぽにしたくて見ハマっていました。
それでも時々、昔の大昔の歌手のとっても素敵なステージなどが流れてきて新しい発見があったりします。そうすると、また好きな傾向の関連動画がどんどん流れてきて・・・永遠ループです(汗。
でも知識の仕入れ先が1つ増えたと思えば、中毒も前向きに捉えられるかも??
・・・
今日は昭和の日だったので(特に100年)、昔の日本のニューミュージックのことを取り上げた番組などもやっていましたが、なぜか私には一切刺さらなかった。
情報や流行はこれからも多岐に渡って周到に消費者の周りに張り巡らされていくのだろうけれど、自分の心に残るものを追って行けば、やはりそれが幸せの目的地に導いてくれるんだろうなって思います。
今現在、伊勢正三の音楽を聴いてる自分、それは紛れもなく自分で選んできた結果なのだと改めて誇りに思っています。
5月の初日までもう1ヶ月じゃないですかっ
Shoyanは今頃すでにもう策(策?)を練っておられるのでしょうか。なんだかソワソワします!(〃ω〃)
心がざわざわしてちょっと由無し事書いてみたりしました。(またこんなのが続きます 笑)
「この街の川の流れには
まるで自由がないのね」
!!Σ(・_・;)
いきなりのこのシビアなセリフ、
ガーン!と来るわけで、ちょっと体温が下がる。
冒頭は街の中、そう両脇を護岸で固められてソコしか流れない不自由な川の風景。ガッチガチに固められた逃げ場のない強制の景色。
『神田川』にも通じるような、そんな価値観の自縛がある。
でも歌はいつしか山の中のダム建設現場のような環境破壊の場面に移る。大自然と都会ならば本来は非なるものだけれど、その2つを並べれば大自然を大規模に破壊して変えてゆく重機と圧倒の現実に、小さな個人の恋など入り込む余地がない、と、どこか諦めの哀しさを示してくれる。
(ように、当時は思えた)
前作アルバム『海がここに来るまで』の『レミングの街』で酸性雨を歌い、『JunkFood』で地球温暖化にプルトニュウム。そしてこのアルバム『メガロポリスの錯覚』ではこの自然開発環境破壊、タイトル曲のホームレスから育親書まで、この復活2枚組(敢えて2枚組にしちゃう)のシビアでシリアスな新しい伊勢正三の切っ先には当時張り倒された気持ちで痺れまくったものでした。
新しいShoyanの世の中に対する多角的な向き合いを感じて、その本気度に感動していました。
だがしかし、その歌詞のシビアさに反してこの『時が沈む湖』のメロディーはわかりやすく叙情的でロマンチックなのだ。陰りを帯びたマイナーな青緑色の音は聴く者の胸にストレートに来る。そのギャップがShoyanの歌らしくてさすがだなって想っていた。
イントロの重実徹氏の表現力が凄い。岩の合間を高低つけて流れ下る奔流と苔むす源流と森の奥行き、一山超えた平野に広がる人工の街の佇まい、そこにShoyanのやるせなきスキャットが絡んできて、俯瞰と意識の底が同時に顕されていて非常にドラマチックなのである。かなり能動的に創られたのだなって、当時のShoyanとその周りのミュージシャン方の意気込みを感じる。
Shoyanお得意の
コンクリート
ブルドーザー
ダンプ
河口堰・・・
リアル過ぎる言葉の数々、その一方で実はその”森”とは恋をする者の胸の中のことだったりする。その振り幅がまた堪りませんでした。
しかしながら、
恋とはそんなにピュアでなくてはいけないものだろうか?
自由で自然でなければいけないのか?
それが答え?
この歌を聴いた当初、私もまだ20代、純粋で一途で自然な発動こそ至上の恋だと想っていました。もちろん今でもそうあるに越したことはないと思いますが、でも、いつまでも恋がせせらぎのままでは脆弱ではないか・とも思うようになりました。
30年聴いてきたら、もっと強い恋もあると想うようになった。コンクリート護岸を打ち砕いて越水して床上浸水するくらいの暴れ川になれると。
「まるで自由がない」とは、彼女の”逃げ”なのではないか・と今では想う。答えではなく彼女の言い逃れなのかもしれない・・・と。
・・・
ダンプやブルドーザーはなんの比喩なのだろう?
想い出を濁らせるほどの”超現実”のことだろうか。
この表題の”湖”とは、元から自然の中にある湖ではなくてダム湖なのだとしたら、そもそも人の恋心も人工物なのだと想う。せせらぎや自由な流れに幻想を抱いてそのままでいたいとしても、他との関わりは開発であり変化なんだ。
それを受け入れて自然な不自然を自分のものに出来たらホントウの自由が得られるのではないだろうか。
ダンプやブルドーザーじゃなくて
一輪車とスコップとミニユンボくらいで
里山のため池みたいな環境が作れたなら
その恋は長続きしそうな気がする。
そんな、”時が沈むビオトープ”に辿り着きたいものです。
年齢を経てから聴くと柔らかく聴けるようになって、今またこの新緑の季節に好きな歌であります。
まるで自由がないのね」
!!Σ(・_・;)
いきなりのこのシビアなセリフ、
ガーン!と来るわけで、ちょっと体温が下がる。
冒頭は街の中、そう両脇を護岸で固められてソコしか流れない不自由な川の風景。ガッチガチに固められた逃げ場のない強制の景色。
『神田川』にも通じるような、そんな価値観の自縛がある。
でも歌はいつしか山の中のダム建設現場のような環境破壊の場面に移る。大自然と都会ならば本来は非なるものだけれど、その2つを並べれば大自然を大規模に破壊して変えてゆく重機と圧倒の現実に、小さな個人の恋など入り込む余地がない、と、どこか諦めの哀しさを示してくれる。
(ように、当時は思えた)
前作アルバム『海がここに来るまで』の『レミングの街』で酸性雨を歌い、『JunkFood』で地球温暖化にプルトニュウム。そしてこのアルバム『メガロポリスの錯覚』ではこの自然開発環境破壊、タイトル曲のホームレスから育親書まで、この復活2枚組(敢えて2枚組にしちゃう)のシビアでシリアスな新しい伊勢正三の切っ先には当時張り倒された気持ちで痺れまくったものでした。
新しいShoyanの世の中に対する多角的な向き合いを感じて、その本気度に感動していました。
だがしかし、その歌詞のシビアさに反してこの『時が沈む湖』のメロディーはわかりやすく叙情的でロマンチックなのだ。陰りを帯びたマイナーな青緑色の音は聴く者の胸にストレートに来る。そのギャップがShoyanの歌らしくてさすがだなって想っていた。
イントロの重実徹氏の表現力が凄い。岩の合間を高低つけて流れ下る奔流と苔むす源流と森の奥行き、一山超えた平野に広がる人工の街の佇まい、そこにShoyanのやるせなきスキャットが絡んできて、俯瞰と意識の底が同時に顕されていて非常にドラマチックなのである。かなり能動的に創られたのだなって、当時のShoyanとその周りのミュージシャン方の意気込みを感じる。
Shoyanお得意の
コンクリート
ブルドーザー
ダンプ
河口堰・・・
リアル過ぎる言葉の数々、その一方で実はその”森”とは恋をする者の胸の中のことだったりする。その振り幅がまた堪りませんでした。
しかしながら、
恋とはそんなにピュアでなくてはいけないものだろうか?
自由で自然でなければいけないのか?
それが答え?
この歌を聴いた当初、私もまだ20代、純粋で一途で自然な発動こそ至上の恋だと想っていました。もちろん今でもそうあるに越したことはないと思いますが、でも、いつまでも恋がせせらぎのままでは脆弱ではないか・とも思うようになりました。
30年聴いてきたら、もっと強い恋もあると想うようになった。コンクリート護岸を打ち砕いて越水して床上浸水するくらいの暴れ川になれると。
「まるで自由がない」とは、彼女の”逃げ”なのではないか・と今では想う。答えではなく彼女の言い逃れなのかもしれない・・・と。
・・・
ダンプやブルドーザーはなんの比喩なのだろう?
想い出を濁らせるほどの”超現実”のことだろうか。
この表題の”湖”とは、元から自然の中にある湖ではなくてダム湖なのだとしたら、そもそも人の恋心も人工物なのだと想う。せせらぎや自由な流れに幻想を抱いてそのままでいたいとしても、他との関わりは開発であり変化なんだ。
それを受け入れて自然な不自然を自分のものに出来たらホントウの自由が得られるのではないだろうか。
ダンプやブルドーザーじゃなくて
一輪車とスコップとミニユンボくらいで
里山のため池みたいな環境が作れたなら
その恋は長続きしそうな気がする。
そんな、”時が沈むビオトープ”に辿り着きたいものです。
年齢を経てから聴くと柔らかく聴けるようになって、今またこの新緑の季節に好きな歌であります。
3月からずっと意識不明に等しい状態で脳みそも身体も酷使してきたので、世の中の面白そうな話題や哀しい話題に想うことも書けずにきてしまいました。
今になって話題ズレてるけど、ちょっと後から少しづつ書いていこうと思います。
まず、月の裏側!!!
アルテミス計画Ⅱの打ち上げもNASAのYouTubeで見て、オリオン宇宙船内の宇宙飛行士さんたちの楽しげな様子も、裏側通過の通信途絶えたのも、みんなオンタイムで見られるこの21世紀に感動していました。
そして帰還。
無事に海に着水してしばらくして、満を持して宇宙飛行士さんたちがでてきたけれど、その宇宙船のハッチを開けたら、中に流れ込む地球の海風はどんな香りだろう!?って想いました。真っ赤に燃えて大気圏に突入してきて、青い海のどまんなかにプカプカ浮いて波に揺られて嗅ぐその潮の香りは・・・自分が生まれた日のことを想い出せるのかもしれません。
めっちゃロマンです。
もし宇宙空間に放り出されたら自分が1つの地球なのだと実感するでしょう。息をして二酸化炭素を出して涙が流れて食べたり匂ったり痒くなったり考えたり眠ったり目覚めたり、地球にいるってことは生きているってことだと実感するのではないでしょうか。なんだかそんなことを感じました。
そもそも宇宙は真空だそうですが、歌を歌っても伝わらないのかな??
震える空気がない、とするとやっぱり心の中と心の中がダイレクトに繋がるのかな?
船外活動や地球との交信には無線的な手段を使うだろうけど、心だって”無線”だ。そんな心の無線が開花するのかな?そういう意味で宇宙空間に行ってみたい気がします(*´∀`)。
何も変わらずそこに在るのに50年以上も視ることが出来なかった月の裏側。
聴こえないことや視えないことをおそれずに、囚われずに、惑わされずにいたいものです。
だって、あると思えばあるし、愛されていると思えば愛されているんです(涙)。
無の宇宙と、有の宇宙、それが同時にあるのだと、最近教えられているような気がするのです。だから、これからはそれを確かめるために歌を感じていきたいと思っています。
なんだかイミフメイですがお許しください^^;(笑)
今になって話題ズレてるけど、ちょっと後から少しづつ書いていこうと思います。
まず、月の裏側!!!
アルテミス計画Ⅱの打ち上げもNASAのYouTubeで見て、オリオン宇宙船内の宇宙飛行士さんたちの楽しげな様子も、裏側通過の通信途絶えたのも、みんなオンタイムで見られるこの21世紀に感動していました。
そして帰還。
無事に海に着水してしばらくして、満を持して宇宙飛行士さんたちがでてきたけれど、その宇宙船のハッチを開けたら、中に流れ込む地球の海風はどんな香りだろう!?って想いました。真っ赤に燃えて大気圏に突入してきて、青い海のどまんなかにプカプカ浮いて波に揺られて嗅ぐその潮の香りは・・・自分が生まれた日のことを想い出せるのかもしれません。
めっちゃロマンです。
もし宇宙空間に放り出されたら自分が1つの地球なのだと実感するでしょう。息をして二酸化炭素を出して涙が流れて食べたり匂ったり痒くなったり考えたり眠ったり目覚めたり、地球にいるってことは生きているってことだと実感するのではないでしょうか。なんだかそんなことを感じました。
そもそも宇宙は真空だそうですが、歌を歌っても伝わらないのかな??
震える空気がない、とするとやっぱり心の中と心の中がダイレクトに繋がるのかな?
船外活動や地球との交信には無線的な手段を使うだろうけど、心だって”無線”だ。そんな心の無線が開花するのかな?そういう意味で宇宙空間に行ってみたい気がします(*´∀`)。
何も変わらずそこに在るのに50年以上も視ることが出来なかった月の裏側。
聴こえないことや視えないことをおそれずに、囚われずに、惑わされずにいたいものです。
だって、あると思えばあるし、愛されていると思えば愛されているんです(涙)。
無の宇宙と、有の宇宙、それが同時にあるのだと、最近教えられているような気がするのです。だから、これからはそれを確かめるために歌を感じていきたいと思っています。
なんだかイミフメイですがお許しください^^;(笑)
去年の大分行きからもう1年か〜
何もしないまま1年が経ってしまった。
去年も管理会社が変わって、しかもひどい環境だったのでギリギリの中行ったけど、1年経って今もそのことをゆっくり思い出す心の余裕がない。
ですが、今日から男子寮担当の男性管理人さん(私と同じように前の会社から引き抜かれた元同僚)が入ってくれたので!やっとやっと落ち着いて1つのところに集中して通うことができます。週に1回は男子の寮に行くのですが、それもまた楽しみです。
なので、封印していた"感じる心"をやっと少しずつ解放できると思います。
リハビリに、去年の今日ぐらいからの大分行きのことを書いている一連の自分の書き込みを読んでいました。あまりにも楽しそうで浮かれていて純粋に愛していて、その後に待ち受ける苦難を思うと、1年前の何も知らない自分の哀しさに今頃涙が出ます。
そして同じように5月の新しいShoyanに期待して待ち侘びて信じていた自分にも苦笑いです。
色々ありすぎたね…nn〜
果たして今年のShoyanは新しいのか?
それともただの懐古なのか?
昨年末の鎌倉芸術館はある意味最高潮で、最高すぎて、その後の小休止がゼロ・白紙に思えてしまいました。Shoyanの今・2026年の具体的なことが思い浮かびません。
ある意味ものすごく期待してるし、
ある意味ものすごく覚悟もしてる(笑)。
ただ私が行けるのは7月なので、少しゆっくり構えてゼロから始める気持ちでいようと思っています。
過去ログの整理でもしながらその日を待ってようと思っています。
何もしないまま1年が経ってしまった。
去年も管理会社が変わって、しかもひどい環境だったのでギリギリの中行ったけど、1年経って今もそのことをゆっくり思い出す心の余裕がない。
ですが、今日から男子寮担当の男性管理人さん(私と同じように前の会社から引き抜かれた元同僚)が入ってくれたので!やっとやっと落ち着いて1つのところに集中して通うことができます。週に1回は男子の寮に行くのですが、それもまた楽しみです。
なので、封印していた"感じる心"をやっと少しずつ解放できると思います。
リハビリに、去年の今日ぐらいからの大分行きのことを書いている一連の自分の書き込みを読んでいました。あまりにも楽しそうで浮かれていて純粋に愛していて、その後に待ち受ける苦難を思うと、1年前の何も知らない自分の哀しさに今頃涙が出ます。
そして同じように5月の新しいShoyanに期待して待ち侘びて信じていた自分にも苦笑いです。
色々ありすぎたね…nn〜
果たして今年のShoyanは新しいのか?
それともただの懐古なのか?
昨年末の鎌倉芸術館はある意味最高潮で、最高すぎて、その後の小休止がゼロ・白紙に思えてしまいました。Shoyanの今・2026年の具体的なことが思い浮かびません。
ある意味ものすごく期待してるし、
ある意味ものすごく覚悟もしてる(笑)。
ただ私が行けるのは7月なので、少しゆっくり構えてゼロから始める気持ちでいようと思っています。
過去ログの整理でもしながらその日を待ってようと思っています。
もう何日も前にパスワード解除したのですが、 お手元のブラウザが記憶しちゃってると延々とパスワードを入れてくださいの画面が出ているかもしれません。今ご覧いただけている方どうでしょう?まだパスワード入力画面が出ますでしょうか?
追って対処します(汗)^^;
追って対処します(汗)^^;
新しい仕事のシステムがなかなか整わず、多忙なのは多忙なのですが・・・
何か書こうと思っても身の回りのことになっちゃったらそれはちょっとつまらないっすよね。
って、こういうことが既につまらん駄投稿なのですが(笑)、以前ならそれでも何か・と思っていましたが、今はつい沈黙です。春の沈黙っす。
もうあと一月半もすれば宮城公演が始まるんですよね。”風の楽団”という馴染みのない響き!?に警戒してるのかもしれません、でもその謎が解けるのが楽しみです(笑)。
5月のパンダさんに続き、6月末に同じ汐留に行きます。そして翌週の7月の頭にまた東京へ。なんと、かつしかのシンフォニーヒルズに行きます。初めてのバルコニー席!どちらもバイオリンのネマニャ氏を聴きに行きます。シンフォニーヒルズは読売交響楽団も一緒なのでガチオーケストラの響きを体験できるぞ!
そして7月の20日はShoyan@川口・・・
その頃には軽井沢やバースディライブの予定が出るのかなぁ。
7月にShoyanに会えるまでの間、パンダさんとかクラシックで音楽補充をしようと思っています。
なんだかもう気持ちや世の中は初夏〜夏ですね。
(って、結局こんなつぶやきぼやきでお許しください^^; 生存確認(笑))
何か書こうと思っても身の回りのことになっちゃったらそれはちょっとつまらないっすよね。
って、こういうことが既につまらん駄投稿なのですが(笑)、以前ならそれでも何か・と思っていましたが、今はつい沈黙です。春の沈黙っす。
もうあと一月半もすれば宮城公演が始まるんですよね。”風の楽団”という馴染みのない響き!?に警戒してるのかもしれません、でもその謎が解けるのが楽しみです(笑)。
5月のパンダさんに続き、6月末に同じ汐留に行きます。そして翌週の7月の頭にまた東京へ。なんと、かつしかのシンフォニーヒルズに行きます。初めてのバルコニー席!どちらもバイオリンのネマニャ氏を聴きに行きます。シンフォニーヒルズは読売交響楽団も一緒なのでガチオーケストラの響きを体験できるぞ!
そして7月の20日はShoyan@川口・・・
その頃には軽井沢やバースディライブの予定が出るのかなぁ。
7月にShoyanに会えるまでの間、パンダさんとかクラシックで音楽補充をしようと思っています。
なんだかもう気持ちや世の中は初夏〜夏ですね。
(って、結局こんなつぶやきぼやきでお許しください^^; 生存確認(笑))
先ほど家人からLINEが来まして、
某 NHK の番組『グレーテルのかまど』再放送で最後の最後のシーンでかまど(きむら緑子さん)が『ささやかなこの人生』を歌っていた!とのこと!
NHK ONE で確認してみました。
本当に歌ってた(*´∀`)!
♪花びらが散った後のかまどがとても〜
と(笑)。
桜餅の回でしたので、桜の花びらがキーワードだったようです。
今晩22時24分まで配信されてるそうですよ。
https://www.web.nhk/tv/an/kamado/pl/series-tep-VNWVWYKX3Q/ep/JVRLVW2JR9?startOffset=1439
某 NHK の番組『グレーテルのかまど』再放送で最後の最後のシーンでかまど(きむら緑子さん)が『ささやかなこの人生』を歌っていた!とのこと!
NHK ONE で確認してみました。
本当に歌ってた(*´∀`)!
♪花びらが散った後のかまどがとても〜
と(笑)。
桜餅の回でしたので、桜の花びらがキーワードだったようです。
今晩22時24分まで配信されてるそうですよ。
https://www.web.nhk/tv/an/kamado/pl/series-tep-VNWVWYKX3Q/ep/JVRLVW2JR9?startOffset=1439
プロフィール
HN:
No Name 七氏−1.0
Webサイト:
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
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