Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0

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♪冬の恋 温もりで滲む窓
 冷たく 透き通る前に・・・

温もりで滲む・とは
きっと暖かい息
寄り添いの体温
カップから立ちのぼる湯気
二人だけの部屋の
現在進行形が包み込む密室の曇りガラス

けれどそれがいつしか、立ちはだかる現実の前で冷たく透き通る=すべてがあらわになって我に還ってしまう時が訪れてしまう。

そうなる前に
愛し合っているまま
あたたかい苦しみのままで
二人のことを永遠にしてしまいましょう

という別離なのだよなと。

何年経っても涙する。


真冬の黄昏時、日没に背を向けて
奈落のような暗い空に想うのは
いつも同じこと・・・


#冬の恋~parallel

今朝の富士山&御日様パワー☆

昨年中はこのような独白にお付き合いくださり
ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年が明けたと言うだけでもうすでに未来に来た感じです。始まった感じがします。
”宇宙の辻褄合わせ”というものがあるそうなので、気持ちから入ろうと思っています(笑)。

みんなでShoyanの歌を沢山聴いて豊かに楽しく生きていこうではありませんか。
LOVESONGsの恵みに感謝☆

2026年 元旦

 七氏@仕事中(*´∀`)♪
♪あなたの言う通り
妹のままでいたほうが
よかったかもしれない


今更ながらこれ、妹(のような存在)のままでいたらどうなっていただろう?などと思うことがある。

結局近い将来、彼がこの街を離れることになって淡く終わるのか・・・
それともその何年も何十年も先の未来にまた巡り合い新たに始まるものがあったりしたのじゃないだろうか、そんな風に”しないこと”の方が未来が多様であるような気がしている。

それでも恋というものはどうしてもその渦中ど真ん中に飛び込んですべてを見極めたくなるのかもしれない。その欲求は(単なる性欲ではなく^^;)抑えがたく、”過ち”だとしても身を投じてしまいたくなる。

妹を超えたら、、その身を重ねたら彼を繋ぎ止めることが出来るのではないかと無意識に想っていた可能性も無きにしもあらず?

それとも、いっときの想い出だけあればそれでいいと自分を慰めようとしたのだろうか。


『JUN』の時に”未遂美”ということを考えた。

普通の物事は何でも一応やってみる・チャレンジしてみる、ということのほうが前向きだしポジティブだし生産的なのだと思う。

けれど、”始めないこと”が満たしてくれることもあるのだと最近実感することが多い。

妹的存在のままなら、ずっと・・・たとえ逢えなくなっても、忘れられてしまっても、哀しくはないじゃん?

切ないだけじゃん(涙)。

恨まなくてもいい
憎まなくてもいいんじゃん
ずっと愛していられるのに・・・

本当に好きな人とは一線超えないほうが心は溶け合うのかもしれない。

そんなことを想わせてくれる『海岸通』。



♪夜明けの海が悲しいことを
あなたから教えられた海岸通

これは直接実際に教えてもらったわけではなく、彼女がその時を迎えて自分で気付いてしまったことなんだよねきっと。


本当は凄くナマナマしい歌なのだと、そんな視点を忘れないで聴いていきたい今日此の頃なのです。

言葉が足りなくて一箇所「深層」を足しました。


(最近こういう後付けが増えていて恐縮です(汗)。書き急ぎ過ぎ自分^^;)


と、そんな慌てものですが、今年も無事にかつしかの駐車場を予約完了!次の日の渋谷の駐車場も予約完了っ。なんと一日24時間1500円平置き♪

で、今週はまた汐留に山田パンダさんのLIVEで行くのでそこでも前回と同じ地下駐車場を予約っ。駐車場予約三昧(笑)。

ギリギリセーフでアメリカ大統領来日と被らずに済みました。一足先に秋の東京を下見してきます。
やはりオリジナル曲の歌詞ではこの歌が一番短いのかな??

90年代当時、Shoyanの活動大復活に際して用意されていたであろう『海がここに来るまで』と『メガロポリスの錯覚』が一段落して、次の『時のしずく』の発売が決まった時には、Shoyanの復活後のリアルタイムが感じられるだろうという期待で自分的に最高に盛り上がっていた。ドキドキし過ぎて待ちきれなくて色んなところで情報収集に務めた。(ま、単に音楽雑誌チェックと電話問い合わせなんですが(笑))。

収録曲目がわかってくると『さそり座の森』に衝撃を受けて「さそり座の森ってナニ!?さそり座の森ってナニ〜〜〜!?!?」っと字面だけで興奮しすぎて鼻血が出そうになったのであった。


以下また個人的思い入れ羅列の巻ですが、、、

それは私の動機のひとつでもある特別な『あいつが生まれた朝』に”さそり座”が出てくるということと、Shoyanご自身がさそり座の生まれであることと、自分がさそり座だから親近感が・・・というこの自己満足の象徴であった”さそり座”がタイトルの曲があるっという事実に嬉しくて目眩がしそうだったのである。

(実は、Shoyanが11月13日さそり座生まれだということを知ったのは、当時の占い雑誌MyBirthdayのさそり座特集記事にお名前があったからなのです。かぐや姫や風当時をご存知の方々はきっとリアルタイムのプロフィール欄でお誕生日など知る機会もあったかもしれませんが、Wikiなどない時代、貴重な邂逅でありました)

・・・なのですが、

いざ発売になって聴いてみればこのシンプルな最短の歌に足元を掬われたような、急に崖の上に出てしまったような硬直がそこにありました。絶句というそのままです。こ、これだけのことで何を解れというのですか!?楽器の伴奏もなく、最短の言葉に人の声と音階だけでグーパンチされたような衝撃でした。難しすぎるよShoyan、と。

この数行の文字列、
縦(横)読みなのかっ!?
折句なのか!??
どこかを斜め読みなのか??
とか、色々考えましたが、やはりこれはこのままこのままの意味なのか!?と到達して更に興奮したものです。


「言わなくてもわかってるデショ?」

的な、Shoyanのニヤリ顔が悔しいっ(;''∀'')ウヌヌ

それでも具体的に考察してみたくていくつか考えてみた。

◆どこかにある、とある共通認識の森さそり座の森。
そこに忍び込んだ君。
僕も同じくその森に忍び込んで君を探してみる。
追いついたら全力で捉えてもうそこで離さない離れないよっ。

◆さそり座の僕の内なる森(真相?深層?意識)に外からコッソリ忍び込んできた君を発見!>捕捉!>もうここから出さないゾ、覚悟してっ。

◆さそり座の君の、その中にある秘密の森に忍び込んで隠れてしまった君自身を僕は外部から侵入して捉えて、もう隠れてしまわないように離さないっ。

などと、当時は目一杯の解釈を考えたのですが、果たして果たして???
少しづつ違うように見えますが、でもそれはすべて同じことだと永年考えて来て今現在納得しています。やはり、そのまま、一番短い歌が一番深いのだよ・・・ということだと。


>もう離さない、抱き締め過ぎて君の身体や僕の理性が壊れてしまっても離さないぞっ!

これぞさそり座の本質=”互いを壊して一つのものになろうよ”という衝動なのだと思います。
Shoyanの、アンタレスのような熱いまなざしを忘れられないのです(涙)。伊勢正三の感性の大深海に眠る深紅のマグマの中に身を投じて、分子に戻ってしまいたいレベルの”一体感”を感じさせてくれる歌なのであります。


この幾重にも重ねられた豊潤なコーラスと、高い音から低い音までのShoyanの声のスロープが心地良くて、蕩けてしまって何度でも繰り返しその高低を滑り落ちたくなる。クセになる造りが堪りません。

アルバムブックレットのこの曲ページのレトロさ、縦書きの文字、大胆な色使い、何か60年代の雑誌装丁みたいでカッコイイ。凄く好きなデザインです。

もう30年近く経ちますが・・・
あぁ、永久の秋に繰り返される愛の問答なのでありマス。



↓デジタルで撮影したら右半分のデザインが浮かび上がって謎が深まった^^;
(何かの部品のような・・・)


 探していたのさ
 傍にあるのに
 Ringは要らない
 柘榴の実のよう
 残された色に
 戻る想いは
 理由もなくて・・・



※2009年頃に書いた当時の見解載せてみます。
当時はおそらくジョイントLIVEなどがメインになって新しい曲もなく、Shoyanのご活動に安穏と埋没を感じて忸怩たる思いだったのでしょうワタシ^^;。勝手な放言お許しください。

・・・

☆さそり座の森は枯れたのか

私の個人的見解だけど
Shoyanは元々どこか草食系男子を"装って"いて、ほんとにマクロビオテックな仙人バリアーを配備していた時もあるそうだけど、でも、その本質はどうなのか・・・と。

俗にヒット曲と言われる曲たちも色っぽさはメインではない(と思う)。人は普段、素肌同士で触れ合うようなことを公言することを好まない。だからそういう誰が聴いても安心して聴ける歌には安定需要があるのだろう。

でもShoyanのLOVESONGSの多くには、表から見えないところで密やかに指を絡めあっているような二人だけの秘密が匂う無意識があった。

スマートで映画のワンシーンのような時もあれば、情けなさに近いような切実なパッションもあった。だからすごく多彩で混沌として新しい生命さえ発生しそうな力があった。

さそり座の森には遊歩道はなくて
忍び込んで迷い込んだままの先に
約束もなくアナタはいたはずだった
いつのときも・・・

・・・

Shoyanが草食系男子でいるほうが
物事は安定しているのかもしれない?
その森は管理されている方が
美しく清くいられるのかもしれない
実際、それだけ広くて深くて
世界自然遺産みたいなかけがえのない森だもの
下草刈りをして余計なものは生やさないほうが
都合がいいのだろうか・・・

本来の熱を隠すために"装って"いただけの
そんな中性的な王子服を
今はもう脱げないほど着心地がいいのかな

・・・と、こんなことを書くと

「キミの考え方は偏りすぎじゃナイ?」

なんて誰かに苦笑されそうだ。

「校歌が色っぽかったら大変デショ?(笑)」って・・・

ただ、同じM川清氏の他の歌で

♪~そしてほほでも ぶっていいから
   気がすむまで・・・
     
                             『CI 008便』

などと、そんなフレーズを聴くと
やっぱりその熱を忘れられないのです。

※この文を書いた当時、M川氏への提供曲『あかり灯して』のことが話題になっていました。

・・・

森は本来、森だけで存在出来るはずなのに・・・
そこにはすべてが内包されているハズ
まだ未踏の原生林があって
青い苔も枯れていないのなら
奥に仕舞ったもの少しでイイから見せて欲しい
Shoyanの"チラリズム"に期待してみたい

"さそり座の森"は一番奥が深いから
一番短い歌なのではないだろうか・・・


本当は私だって
こうして言葉を連ねることの
表裏一体の"ゼロ"を痛感する
同じさそり座の森の中で・・・

2009年06月15日



※追:さそり座の針   

さそり座って
大きなハサミで捉えた相手に
その毒針でとどめを刺そうとして
勢い余って自分のアタマに刺しちゃうような
そんな不器用さがアル

確かにそんなところがアル・・・よね!?
(*´∀`)ノ Shall We Dance♪

2010年04月29日



※※※
そして今2025年、装っていたものすべて投げ捨ててギラギラに本性スパークしているShoyanが爆誕されていることに感慨深く想います。やっぱり枯れてなかったさそり座のサンクチュアリ!☆(涙)

~続☆さそり座の森につづく
夏休みも佳境に入っているので少し脱線します(ていうかいつも脱線しとる(笑))。

と、脱線してはいけない鉄道の話なのですが、先日(8/9)某NHKでとある鉄道番組の再放送がありました。今回は京浜地帯の港湾貨物を運ぶ鉄道路線を取り上げていたのですが、、、
実はその中に私の祖父が映っています。

前回の放送で鉄道オタクの家人が録画していた際に発見しました。

もちろん祖父はもう20年以上前に亡くなっており、現在の映像に映っていたのではないのですが、その路線が開通した時の式典映像に並んでいるのが映っていました。祖父はその港湾貨物鉄道に出向していたのでした。お祖父ちゃんの現役時代を今観られるとは!大好きな祖父だったので嬉しくて、鉄道・港湾・貨物・工場の煙・螺旋の倉庫・・・懐かしい昭和の頃からあまり変わらない物流の景色とともに改めて心に残りました。

時速25kmでゆっくり走るタンク車とディーゼル機関の映像は時の流れが止まっているみたいで、高速道路の高架もタンクローリーの並ぶ国道もなんだかひとつの歌のようでした。涙出そうです。

・・・

Shoyanが以前は時々口にされていた”東神奈川”。それも私はお祖父ちゃんから習いました。1歳から6歳まで住んでいた福島からとうとう上京することになった時、もしも迷子になっても七氏ひとりでも乗り換えてこられるようにと元国鉄職員だった祖父は真面目に教えてくれました。

「福島駅から特急ひばりという列車に乗って上野駅に着いたら、京浜東北線に乗り換えて東神奈川まで行くんだよ。東神奈川駅から茶色い横浜線に乗ればお祖父ちゃんの家がある原町田に来られるからね」と。

幼い私の頭の中は「ヒガシカナガワヒガシカナガワ・・・」という呪文でいっぱいでありました (笑)。


この3連休にShoyanのDVDを観ながら、やはりヨコハマでやってくれた2曲のギターの鳴りがイイな・などと浸っていたのですが、『さよならの到着便』でのShoyanの心籠もった繊細な再現に、”今は更に遠くなりにけり”な昔の東京・川崎・横浜の港湾景色を想い出されて泣けてきました。飛行機だけでなく再放送の祖父の想い出とともに何十年も前の鉄路のことが急に懐かしくなりました。


それにしても、海辺にある工業地帯のあの赤錆色の泣いているような景色は、人工物の極致みたいなのにどこかノスタルジックに感じてしまう不思議です。

私が津久見に興味があるのは、単に伊勢正三生誕の地・歌枕だからだけではなく、そういうところにも感じるものがあるからかもしれません。

船も飛行機も鉄道も、、、”運ばれてゆく”せつなさに惹かれることしきりです。


※その番組、『運転席からの風景』は今週のNHK+でまだ観られます(*´ω`*)。



☆オマケ
祖父の鉄道写真数点。
機関士で乗務していたSLと特急はつかり運行開始記念(これも北国列車ということで♪)





と、そんな中・・・
はたまた個人的なつぶやきですが、

その武道館の音源の他にも「この歌も準氏のピアノで聴きたかったぁ」と想うような、以前軽井沢でやってくれた想い出の一曲もあったりします。なぜかとても久しぶりに聴いたようで、多くのことが込み上げて急に運転中に爆泣きです。そういうのってふいに襲ってくるんですよね・・・

でもそれらの歌にこの夏とても癒されています。
哀しいのに癒やされるってどういう現象なんでしょう(*´ω`*)。今の私を待っていてくれたかのような歌です。その歌を聴くとき、私は報われるんです。

もう誰からも忘れられて、、Shoyanご本人からも忘れ去られて、きっと「そんな歌あったっけ?」なんておっしゃるかもしれない。でも私にはとても大切な曲で、聴きまくって聴きまくって静かに沈めたようになっていたのです。武道館音源につられて何気なく再生したCDに入っていてふとかかったりする。歌は優しい旧友であります。

(その歌の題名は載せないでおきます 恥ずかしいから(/ω\))

・・・

今年は蝉の当たり年らしく、
非常に多くの声が聴こえます。

蝉がうるさくて寂しい
体力がなくて寂しい
暑すぎて寂しい

「さみしい・さびしい」の反対語ってなんですか?

辞書など引けば「賑やか」だと出ますが、果たしてそうでしょうか?

あなたに逢えないから寂しい・・・
けれど
あなたに逢えたとき、
私の心は賑わしい・・なんて言うでしょうか?

「寂しい」の反対語は

「うれしい」がいいな

あなたの幸せそうな笑顔を見てうれしく想う自分を、寂しさの裏返しだと自覚出来たらその哀しみを乗り越えられそうな気がする。

・・・

Shoyanの1980年の音源と10年以上前の映像と、去年2024年の映像、そして先日のステージと、、、同時いっぺんに観過ぎて聴き過ぎて、私のココロは少し混乱してるかもしれませんネ(笑)。





プロフィール

HN:
No Name 七氏−1.0
Webサイト:
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!

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