Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
家事のついでにAlexaに「何か曲かけて」というと昭和ヒット曲的なプレイリストを再生してくれることがあるのですが、そういったおまかせ選曲を聴いているとShoyanとは同世代のアーティスト(シンガーソングライター)たちが作った提供曲大ヒット曲が多数出てきます。
※以下、生意気書きます
山口百恵ちゃんのさだまさし氏・谷村新司氏曲、キャンディーズの吉田拓郎氏・喜多條忠氏の曲、井上陽水氏は中森明菜や荻野目洋子の曲、来生たかお氏の薬師丸ひろ子や南野陽子の曲、ユーミンの松田聖子ちゃん曲、小室等氏の『出発の歌』、小椋佳氏の『シクラメンのかほり』に『夢芝居』、桑田佳祐氏の『私はピアノ』『夏をあきらめて』『恋人も濡れる街角』・・・もうキリがない!のですが(こんなに具体的に挙げると震える ^^;)、
何故そこに伊勢正三の名前が無かったか・と昔から何十年も考えてきました。
(私にとって大ヒット曲『なごり雪』は”提供曲”ではない。カヴァー曲であると思っています。なので、この上記のラインナップとカテゴリが違うという認識なのですが)
で、話戻りますが、
Shoyanが昭和の終わり頃から平成の黎明までお姿をお消しになった理由に「時代に呼ばれていない気がした」というようなことをおっしゃっていたかと思います。
でも、今になって私が思い辿り着いたのは、
『伊勢正三の歌は伊勢正三じゃないと歌えない』
ってことだったのではないかということです。
Shoyanがその歌手のために作成し提供した曲だってものすごくたくさんあります。アイドルにだって提供した曲もあります。けれど、その歌の世界はやはり伊勢正三の色と深みが濃くて何にも染まらないオリジナリティが隠れなかった・のではないでしょうか。
だから、時代が・とか消費者の求めるもの・とか流行とかではなくて、Shoyanの音楽がShoyanに戻っただけのことだったのだと思います。その証拠に、1993年以降、ちゃんと途切れずShoyanはご自身の音楽を貫いて活動をお続けになっている。歌う機会、聴きに来る人、そのカンケイは見事に構築されて充実しているではないですか!(と、客席で私は感じている)
他者に歌わせて大ヒットした曲ゆえに大御所ぶっている人いますけど(誰のことや(笑))そうじゃない。自分の音楽は自分のもの、というスタンスを貫いてきたその、伊勢正三の”あざとさのなさ”が私は大好きで尊敬するゆえんなのであります。台所で皿洗いなどしながらそんなことを改めて思い直して感動を深めています。
イルカ氏と神部和夫さんはその辺の匙加減・見極めが非常に上手で、繊細に伊勢正三色を利用活用して歌い継いでこられたのだと思います。
だからこの実はそれらの群を抜いて頭一つ上に突き抜けている『なごり雪』の事実を、また凄いなってファンとして誇りに思っています。
昭和レトロだのシティポップだのアコギブームだの上っ面で流行は手を変え品を変えですが、ShoyanがShoyanで居続けてくれたことに心からの尊敬と感謝であります(愛)。
・・・
(蛇足)
このスタンス、もう少し広げて、小田和正氏とか近いのかな?とも思いますが、聴き手へのアプローチは真逆ですね。(Shoyanは花道で自転車乗らないもんね(笑))
矢沢永吉氏は作詞は他者に任せたりしてるし、パフォーマー色が強いかもですね。(Shoyanはスタジアムでハーレー乗らないもんね(笑))
やはり伊勢正三は唯一無二の伊勢正三!
しかも飛び切りのオリジナリティだっ☆(惚)
と、突然春めいて気分が高揚しているワタシでした。
モノを知らないくせに超生意気な内容で失礼いたしました。
(;^ω^)
※何か書くたびに『です・ます調』と『だ・である調』が入れ替わるのをお許しください(;´∀`)。
※以下、生意気書きます
山口百恵ちゃんのさだまさし氏・谷村新司氏曲、キャンディーズの吉田拓郎氏・喜多條忠氏の曲、井上陽水氏は中森明菜や荻野目洋子の曲、来生たかお氏の薬師丸ひろ子や南野陽子の曲、ユーミンの松田聖子ちゃん曲、小室等氏の『出発の歌』、小椋佳氏の『シクラメンのかほり』に『夢芝居』、桑田佳祐氏の『私はピアノ』『夏をあきらめて』『恋人も濡れる街角』・・・もうキリがない!のですが(こんなに具体的に挙げると震える ^^;)、
何故そこに伊勢正三の名前が無かったか・と昔から何十年も考えてきました。
(私にとって大ヒット曲『なごり雪』は”提供曲”ではない。カヴァー曲であると思っています。なので、この上記のラインナップとカテゴリが違うという認識なのですが)
で、話戻りますが、
Shoyanが昭和の終わり頃から平成の黎明までお姿をお消しになった理由に「時代に呼ばれていない気がした」というようなことをおっしゃっていたかと思います。
でも、今になって私が思い辿り着いたのは、
『伊勢正三の歌は伊勢正三じゃないと歌えない』
ってことだったのではないかということです。
Shoyanがその歌手のために作成し提供した曲だってものすごくたくさんあります。アイドルにだって提供した曲もあります。けれど、その歌の世界はやはり伊勢正三の色と深みが濃くて何にも染まらないオリジナリティが隠れなかった・のではないでしょうか。
だから、時代が・とか消費者の求めるもの・とか流行とかではなくて、Shoyanの音楽がShoyanに戻っただけのことだったのだと思います。その証拠に、1993年以降、ちゃんと途切れずShoyanはご自身の音楽を貫いて活動をお続けになっている。歌う機会、聴きに来る人、そのカンケイは見事に構築されて充実しているではないですか!(と、客席で私は感じている)
他者に歌わせて大ヒットした曲ゆえに大御所ぶっている人いますけど(誰のことや(笑))そうじゃない。自分の音楽は自分のもの、というスタンスを貫いてきたその、伊勢正三の”あざとさのなさ”が私は大好きで尊敬するゆえんなのであります。台所で皿洗いなどしながらそんなことを改めて思い直して感動を深めています。
イルカ氏と神部和夫さんはその辺の匙加減・見極めが非常に上手で、繊細に伊勢正三色を利用活用して歌い継いでこられたのだと思います。
だからこの実はそれらの群を抜いて頭一つ上に突き抜けている『なごり雪』の事実を、また凄いなってファンとして誇りに思っています。
昭和レトロだのシティポップだのアコギブームだの上っ面で流行は手を変え品を変えですが、ShoyanがShoyanで居続けてくれたことに心からの尊敬と感謝であります(愛)。
・・・
(蛇足)
このスタンス、もう少し広げて、小田和正氏とか近いのかな?とも思いますが、聴き手へのアプローチは真逆ですね。(Shoyanは花道で自転車乗らないもんね(笑))
矢沢永吉氏は作詞は他者に任せたりしてるし、パフォーマー色が強いかもですね。(Shoyanはスタジアムでハーレー乗らないもんね(笑))
やはり伊勢正三は唯一無二の伊勢正三!
しかも飛び切りのオリジナリティだっ☆(惚)
と、突然春めいて気分が高揚しているワタシでした。
モノを知らないくせに超生意気な内容で失礼いたしました。
(;^ω^)
※何か書くたびに『です・ます調』と『だ・である調』が入れ替わるのをお許しください(;´∀`)。
プロフィール
HN:
No Name 七氏−1.0
Webサイト:
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
検索窓的な♪
☆曲目や記事の内容単語など、ここから検索できます
