Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0

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もう何年前になるだろう、Shoyanが大久保氏と風を再び始めたいと願いながらチケットまで発売済だったのに実現されなかったあのツアー。それが不可能になった時にShoyanが選んだ”ひとり旅”というスタイルのことを想うとこの曲がまず浮かんでくる。
平成・2000年代の伊勢正三が”風”をまた始めるのならば、絶対に歌って欲しい曲があった。

時の流れ』がそれです。



果たして、そこまでの何十年の間にこの歌がコンサートで歌われたことがあったのだろうか?

もちろん、風のオンタイムではステージで歌われていたと思うけれど(1977年の音源がありますね)、ソロ〜フッカツ以降は個人的にはこの歌の印象ってほとんど無くてずっともどかしかった。

示唆的なフレーズが沢山あってメロディーも演奏もめっちゃカッコイイこの歌、ブラスとギターの風通しのいいサウンドがアニキっぽくて憧れた。こういう歌があるから風は深いんだ、と独りで息巻いていたし、ステージ映えするだろうなぁ〜とずっと想って待っていた。

だから、風ひとり旅で演奏されるようになって感激した。永き時間を重ねられたShoyanの中でこの歌の存在感が濃くなってきたのかもしれないと感じた。この今も一線で演奏されることを尊く想う。

・・・

♪目の前の砂時計をうら返せば
 時はすぐに流れてゆく

この砂時計の砂は物質だ。
昔、”アレとコレ(物質)の距離があるからソコからココまでの時間が発生する”というようなことをどこかで聞いて、なるほどと思いながら歌を聴いてきた。砂も上から下に移動するから時間を計れるのですよね。



そしてこの歌も基本的に”時は流れてゆくもの”という前提だ。この頃のShoyanの歌の中ではまだ時は留まったり重なったり共時したりしない。自分では干渉できない運命のような不可避なもの・そんな存在として歌われていたように思う。

それがこの後解釈が広がっていき、様々な歌が生まれていくことに繋がっていく。これは”時間”というものの考え始めな、出発点の曲だと思うのだ。


どんなに遠くに離れても
季節の風が追いかけてくる
どこかでぼくが立ち止まらないように


時は流れてゆく

この彼の立場は言い換えると

「時が流れてゆくから
ボクは立ち止まらないで前に進むのだ」

てなふうに聴こえる。
自分でも何十年も前に聴き始めた頃は、四季や時間の流れって絶対的で不変だと思っていた。だから、”時”は自分を立ち止まらせないように分岐・別れの直後から強制的に先に運んでくれる単純明快な存在だと思っていた。

サラッとカラッとひとつの別れのあとの再出発のようで、少し”空元気”とも思える内容に若さを感じるのです。


でもこの何十年も聴いてきて歳を重ねると、実はそうとも言えないんじゃない??と想う気持ちも並行して湧いてきた。時間も季節も実はあやふやで、そして流れない時もあるのではないか?と。

タバコも砂時計も”反映”に過ぎない。
目に見える物質だから時が流れていくを感じることが出来るのだけれど、でも、自分の意識がそんな物質の変化と添えなくて独り動けなくなってしまったらどうする?

実際のところ時間は手を掴んで連れて行ってはくれない。
自我が傍観者であるうちはその時の流れは目の前の通行人だ。
この”僕が立ち止まらないように”と思えるようになるまでの苦悶はこの歌ではまだ埋もれて語られてはいない。

その時全てだと思った”君”が目の前から消え去ったあと、”君がいたから”こそ流れていた時間が欠落してしまって自分が空っぽになってしまう。そんな時、時間の本流はどこにあるのだろうか?

この歌の内容からは少し脱線するかもしれないけど、
弱い人間は時の流れに置いてけぼりにされることも多々あると近頃では思うのです。


そして物質のない世界=心の中・意識の世界では時間はどんな風に在るのだろう?そのあやふやな”時の真実”の部分をShoyanご自身もその後何十年も歌の中で考証されて来たのではないかと思っている。


♪いつになれば ずっと前の出来事だと想えるの?
♪今でもまだ ほんの前の出来事だと思えるの
              
               (水槽の街)
そして

♪その時 同じこと 同じ素振り
 瞬く間さえないくらい

           (テレポーテーション)
まで。

それが興味深くてずっとShoyanの歌たちを追ってきた私なのですが、物質的に離れていてもソコとココで同じ時間が流れているという最近のLOVEタイムラインの到達点は納得の極みなのだ。

と、そこに行き着いて今振り返ると、この『時の流れ』はすべての根本にあるはじめの一歩な曲だと思っているわけです。

・・・・・


♪君はわかっていたのかもしれない

を想うに、
それこそが自分と他人(愛した存在)はそもそも”別タイムライン”だったのだ・という前提が虚哀しい。

♪壊すためにつくる積木のように時は流れてゆく

という凄まじい特級フレーズの意味は、密かにShoyanの歌たちに潜む虚無を如実に語っている。

伊勢正三の歌たちのそこここに潜んでいる冷徹なリアルの象徴。恋人たちの甘い時間や、努力や思いやりという心尽くしや、子どもの成長や仲間との信頼関係なども、みないつかは色褪せてしまうのだという、人間不信とも思える虚しさをはらんでいるようで震えるのだ。

嫌なことを忘れられるのも時の流れだけれど、良いことすらも劣化して風化していくのだと言う。このクールな虚しさ、堪らんのです。伊勢正三って凄いなぁ・・・と平伏するこの至高フレーズです。

別れの直後から、君がいたさっきまでの時間はもう別のタイムラインで、分岐したらもう一切交わらないよ・振り向きもしないよ・無かったことレベルだよ、、、という”理想”みたいなものがここにあるけれど、そうもいかない剥がれきれない現実もあり。それをまたその後追求していくShoyanの二重スタンスが興味深いと思っている。

・・・

(そしてまだ続く^^;)


♪別れることが終わりならば
  別れることが始まりだと言えないだろうか

この逆説引用はある意味、別れを認めたくない強がり理論なのかもしれないけれど、十代の自分にはモノ凄く大切な導きとなった。

この後、

「想い出すなら忘れよう」
「寒さの中にかくれているのは暖かさ」
「悲しさは楽しさにも似て」
「悲しみなんて幸せの前触れ」
「遠ざかるほど君は近づく」
「気にしながら見過ごしてたの」

などなどなど、物事の表裏や多角的な視方を示してくれるShoyanの歌の黎明だったと思う。失恋して哀しい寂しいこの世の終わりだ・じゃなくて、そもそもの
「”別れ”って何よ!?」という考え方が本当に面白くて興味を惹かれた始まりでした。

※『夏この頃』の"山で死んだあいつ〜今朝早く男の子が生まれた"もその類かもしれない。


季節の風が吹いてきたことでやっと自分の胸の中の風車が回りだした。それが自分時間の再開。
季節の風は”他”や”偶然”みたいなものだろうか。
もしくは”縁”みたいなものかもしれない。
また春が巡るように
人は本当はひとりではなくて、
孤独だけれど一人ではないのだよって、
時の流れに漕ぎ出すための帆を張れたなら、
そこに感じられる季節の風がある。

何かを壊すために時は流れていくけれど、
でも・・・


時計の針が時を流しているわけではないって、Shoyanの歌の中でさえその意味は彩りを増していくから、聴手だって自分時間のバリエーションを増やして行けばいいのだ。


この歌をステージで聴く時は、歌をお作りになった時のちょっとツッパった感じの若き日のShoyanと、熟成に熟成を重ねた今の熟れ旨味マシマシのShoyanとを同時に感じて考えてみたりします。

これからも”新しい時の流れ”を感じられるように、そして自分がそこを吹き抜ける季節の風でいられるように、これからの時間、一音たりとも聴き逃がさぬようにと想う2026年の幕開けです。


またもやのとりとめなき、ご容赦。





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自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

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