Nanashiのものろーぐ

こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0

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白いmen'sのシャツに
せつなく包まれ
崩れそうに 壊れそうに
眠りに就くひとときも・・・


この歌イキナリ色っぽい。
”男物のシャツ”をつけて眠る彼女はきっと
素肌にそれだけなのだろう・・・
なんと絵になる光景!
映画やドラマのワンシーンのようだ。

けれど、独り寝なのが哀しい。
ということは、
目覚めた時もまだ切ないということか。

借りたままのフリースと違って
もうあなたの匂いはしない
わかっているのに
自分の後悔の抜け殻を
再び羽織っては
何度も 何度も
何度も・・・
切り替えられない哀しい方のタイムラインで目が覚める・・・
いっそ消えてなくなってしまいたいという眠り。
色っぽいのに虚しくて
そして彼女の顔は見えなくて
止まったままの時間のシーツにくるまれて眠る
=時を止めている様子が手に取るように解って温度が低い。だから一層ぬくもりが欲しくなる(涙)。

去ったパートナーが残していったシャツなのか?
愛し合っていた日々に自らせがんで欲したものなのか?
それとも、”男らしく”自分を鼓舞するために自ら纏ったものなのか?
あの頃暮らした街から離れて棲む彼女の、傍らにまだあるそのシャツが不変に白くて苦しい。

♪風が吹き荒れた夕暮れの街は
 水槽のようにどこまでも見えて・・・

とはいかに?
水槽ってガラスなどで囲われている限られたエリアというイメージだけど、なぜここではどこまでも遠く視えるのだろう?

街はどこまでも見渡せるようでいて彼女の意識はまだ”あの頃”に囚われた水槽の中にある。遠く見渡せる街並みが果てしなければ果てしないほど、彼女の時はここで留まったままで哀しい。


夕暮れの
独りの部屋の
後悔と
喪失と
逃避を

ため息ひとつのような静かな切り取りで額に収める。
たゆみないBossaのリズムが揺れてそれを運ぶ。

閉め切った窓の外
街並みを見おろすベランダ
遠い高速道路の高架
ビルの隙間の小さな公園
点滅する信号機
行き交う車、人、流れる雲・・・

動いているのは景色の方で、自分はそこから動けない。置いていかれた時間。もうこれ以上考えたくない程、思考停止するほど囚われた愛(と思っていた)の時間。もう届かないのに、それを葬るまでの哀しい凪の時間をひとりいる彼女をずっと痛ましくも親しく想ってきた。

今書いていても涙が出る。

・・・

つもり・が積もって
気にしながら見過ごす

そんなに激しい衝突じゃないから、アスファルトに沁みた水が凍ってひび割れる路面のように、微細に進行する哀しい瑕(キズ)が表面下で広がっていたことに人は気付けない。だって、自分自身の心の中のダメージだって自覚出来ない時がある。ましてや他人の心の中なんて・・・人の心が何層にもなっていると気付くのは、こんな哀しい時間を幾度ももがいた後のことなのだろう(涙)。

二人過ごした時間が崩れて、壊れて粉々になって、 砂時計の粒になる 。
それをひっくり返しては戻し、また返しては戻しを繰り返すばかりで動けない。
まるで水槽の中に閉じ込められた魚のように・・・

いつかそのインフィニティのガラスを割って哀しい時間の粒子を解放する時、幾度目かの季節の風が彼女の意識を吹き抜けて時の本流に戻してくれることを祈っている。

・・・

Shoyanのガットギターは熱帯魚水槽のエアレーションの泡のように柔らかくたゆみない。差し込んで伸びる西陽のような準氏のエレピとシンセが背景を作り、斎藤ノブ氏の色っぽいパーカッションで胸の鼓動が時を穿つ。

イントロはまるで水鳥の着水のようで、曲が始まれば水中を縦横に泳ぐ魚の翻り、枯れた穂がたなびく荒野のような侘びたアレンジにオトナのオトコ極まったShoyanの声で切ない言葉が乗っていく。なんというハンサムなサウンドなのだろう。至高です。

繰り返しになるけれど、その昔ShoyanがA.C.Jobimがお好きだとおっしゃっていたのを聞いた時からいつかBossaNovaテイストの曲を作って歌って欲しいと想っていた。単に編曲の形態としてだけではなく、そのスピリットな部分・サウダージとして・・・ということ。

それが叶ったのですから、この歌の登場は本当に嬉しかった。
せつない愛の粒をパンニングするのにBossaの揺らぎはとてもマッチする気がして、時にはそんな容れ物もいいなと思うのです。


~時は

いつまで流れる?
何処から流れる?
何処まで流れる?
ここから流れる
そこから流れる
何処まで流れる?
ここまで流れる
ここまで流れる・・・

ここに時の正体が散りばめられている。ただ一方向に流れてゆくだけではない、時を経て飴色になった象牙のように曖昧な出処と行方とが陰陽のようで非常に美しい。この歌の真意なのだと想うのです。この頃、Shoyanはその”時の本質”にお気づきになられたのではないだろうか。そんなひとつの到達を感じる一曲でもあるのです。


ジャスミンの、官能と癒しのふたつの意味。
忘れられない甘い想い出と
忘れたい自棄な汚れた日々
現実は歌のように美しくはなく、とても醜い。
だけど、人の孤独と言うものはみな
穢れのないものなのではないだろうか・・・


いつかの軽井沢大賀ホールで佐藤準氏と歌ってくれたあの数分が私の一生の想い出です。ステージで歌われることはほとんど無いけれど、いつか自分の時が止まるその刹那までずっと聴いていたい宝物の一曲であります。
 



※追
『水槽の街』は私にとって伊勢正三の音楽と自分の心の中とをダイレクトに繋ぐ臍の緒のような存在で、時間と想いの行方を何十年も共に見つめてきた大切な曲だ。1994年当時アルバムに収録されたこの歌を聴いた時、私の心は寸分たがわずShoyanの歌の世界と嵌って離れなくなった。

歌の重力が聴く者の人生の軌道を引き込んだりすることがあるだろうか?
この歌は私の顕在意識と潜在意識のどちらにも深く入り込んで、きっと何かを少しづつ動かした。辛いことも奇跡も伴って今ここに在る。実際は全部自分自身の責任なのだけれども、この歌はどこか聴く者の行方をも孕んでいた気がしている。
(私事余文ご容赦下さい)
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No Name 七氏−1.0
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女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。

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