Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
先日、都内に季節はずれの雪が降った。
うっすら積もるほどに。
科学を通り越してしまった東京に。
うっすら積もるほどに。
科学を通り越してしまった東京に。
ニュースでは当たり前のように『名残り雪』となりました』と言っていた。漢字の字幕も出て。
Shoyanご本人がよくおっしゃるように、元は『名残りの雪』(全く別の「既に残っている雪」)と言う言葉があったけれど、『なごり雪』という歌のおかげで、一般的に『ナゴリユキ』という呼び方の新しい違う意味の言葉が定着したのだ。短文と単語の違いもある。
だがしかし、単に季節外れの雪を『ナゴリユキ』と呼ぶことと、歌の『なごり雪』が含んでいるものには大きな違いがあると思う。
今更感かもしれないですが、
『なごり雪』は、そこに二人の人間がいて、その二人が今離れていく・という場面だからこそ成り立つタイトルだと思う。
『なごり雪』は、そこに二人の人間がいて、その二人が今離れていく・という場面だからこそ成り立つタイトルだと思う。
(すでにあった 「名残りの雪」は置いといて)冬という寒い季節の名残りを今一度知らしめる春の雪・が『名残雪』で、『なごり雪』は「心の名残惜しさ」がそこにあることが大切なんだ。
何に対しての名残り惜しさ?
ここから去りゆく彼女に、
その大人になっていく彼女の幼さに、
ここで終わる二人で積み上げてきた時間に、
昨日までの僕自身に・・・
その大人になっていく彼女の幼さに、
ここで終わる二人で積み上げてきた時間に、
昨日までの僕自身に・・・
その彼女と彼の分岐の一瞬に降っていたのが雪だったから歌になったんだ。
別れの場面、その舞台セットは雨でも風でもドラマチックになると思うのだけど、でもそれ以上の確実さ・必然さには、雪の「落ちてはとける」性質が必須だったんだね。
地面に落ちる瞬間までは目に見える白い固体だったのに、次の瞬間ただの黒いシミになって地面に同化してしまう。積もるわけではない春の雪。この経過が、彼と彼女のその、別離の前後を表しているわけで、君が去った後の空虚と、今朝まで君がいた東京の空と、見えると見えないの深い違いがあるのだと解る。
って、こんなことファンなら誰しも最初から知ってるよ!当たり前だろ?と笑われてしまうだろうけれど、ニュースでただ漠然と『名残雪・名残り雪』なんて使われていて、「正やんがひらがなにした意味を考えて使ってよ!」と思ったりした訳デス。
『名残雪』では「残雪」という他の単語と被るし硬い、でも大和言葉のようにやさしい『なごり雪』という字面、まさにその時、歌を作ろうとしていたShoyanの手のひらに空から落ちてきた結晶そのままに歌になったなごり雪。
その結晶を50年近く一切崩さずに、大切に歌い続けてきた今のShoyanの真摯なスタンスに、私は今年も導かれている。
・・・
「季節はずれ」=「イレギュラー」なだけではなく、降るべくして降る必然的な別離の雪ということ、両方想いながら聴き続けてきた。
都会に雪が降らなくなっても、汽車という移動手段がなくなっても、この世に”別離"がある限りずっとこの歌は残る。
人はいつも何かと別れながら生きていくのだと実感しながら、昨日今日遠いことを想って過ごしています。
※この歌のことは最重要課題で、40年くらいじっくり考えてからと思っていたけど、今書けることは書いておかねばと思いました。中途半端ですがご容赦!
※※"大人になる歌"いくつかあって気になるので、そのあたりもまた考えていきたい。
そう、その頃は「都会が好きになった」なんて、想っていたのだ。
で、少し自分のこと書きます。
支離滅裂お許しを。
支離滅裂お許しを。
・・・
セルフカバーではないオリジナルの『なごり雪』が収録されているかぐや姫の『三階建の詩』が発売されたその年に、私は福島からトーキョーへ帰ってきた。(何度かここでも書きましたが)
その時、幼稚園のクラスのみんなが私にくれた手紙には
「とうきょうにいってもわすれないでね。」
「とうきょうにいったらなにをしますか。」
「とうきょうでは、とうきょうには・・・」
と、東京という単語が沢山書かれていた。
けれど、私にとっては東京は帰る場所なのに未知の街であったように思う。
その時、幼稚園のクラスのみんなが私にくれた手紙には
「とうきょうにいってもわすれないでね。」
「とうきょうにいったらなにをしますか。」
「とうきょうでは、とうきょうには・・・」
と、東京という単語が沢山書かれていた。
けれど、私にとっては東京は帰る場所なのに未知の街であったように思う。
実際には祖父母の待つ都内の家に帰るのではなく、近くの横浜市内の社宅に住むことになるのだが、目の前には大きな国道、周囲は日に日に一山削って全部住宅地に造成され、倍々に膨れ上がっていく街の姿が忙しなくて、友達もいないなか、小学校に上がるまでの数か月、、、私は社宅から出ずにひきこもりになってしまった。
帰ってきたのにどこかへ帰りたい、、、自分の故郷は、ホームはどこなんだろうって、幼心に具体的にはわからないまま、ただ、ずっとさみしかった。。。東京の真ん中に住むわけではなく、ほんの数分外に出た都会の殻のような場所から、福島のお友達と東京の差を眺めていたような気がする。
だから、私は伊勢正三の歌における"東京"に、何か自分の幼き日の心を重ねていつも聴いてしまうのだ。そしていつも何か特別な近しい気持ちを積み上げてきてしまった。青春まで至らない、自覚のない幼稚な心ではあるけれど、Shoyanの歌にはそれが許される寄り添いがあるように思う。
そしてそれは都会と地方とニュータウンの三角関係にまで及ぶのだが、それはまた別の時に・・・。
そしてそれは都会と地方とニュータウンの三角関係にまで及ぶのだが、それはまた別の時に・・・。
・・・
で、話はさらにねじれるが、
で、話はさらにねじれるが、
福島にそんな想い入れのある私は、今回の"復興五輪"なんて銘打たれたトーキョーオリンピックが決まった時、正直とても違和感を感じた。
震災で故郷を追われ、家や物を失い、愛する者と別れた人がこの日本中に沢山いる中で、ナゼ、TOKYOが浮かれなくちゃいけないのか???なんなん??って。
現に、今年その年2020年になっても、仮設の住宅で生活している人や、自宅じゃないところに避難している人はいまだ何万人もいるわけで、解決されないままに強行されて今年になってしまった。
(激しい言い方をすれば)今回のオリンピック、私は選手と子供たち以外をあまり応援したくない。新しい巨大な競技場や施設、ホテル、選手村というブランド付きの住宅に道路、駅、目に見えるものだけでもキリがない。それに一体どれだけの"スポーツ以外の思惑"が絡んでいるんだろうと思う。人の痛みをすり替えて、何が”復興”なのか?どこに誰の復興があるのでしょうか?と。
オモテのナシな、裏ばかりのイベントで名前を乱用された東京が可哀想だ。この軋みを、自分は忘れたくない。素直な違和感を感じていたい。調和を乱す空気読めない人間と言われていいやと思いつつココに本心を書いておくことにした。読んで気分を害された方がいたらゴメンナサイ。
・・・
1964年の東京オリンピックの行進曲は、福島の大偉人・古関裕而先生の作品だ。
溌溂とした、晴れ晴れとしたメロディーのなかに、やはり一抹のサウダージ・愁いがあって、歴史の大きな傷みを越えてここに至った当時のトーキョーが、日本という国と一体であったのだとよくわかる。本当に素晴らしいことだと今も感じる事が出来る。
Shoyanの一番新しい歌にも都会がいくつも出て来た。"都会ウォッチャー"なShoyanの見解を今も聴けることが本当にうれしくて、私もまた同じようにこの興味と違和感を大切にしていける。音楽の中に人の営みが感じられる、そんな在り方をする歌は、この孤独と不安の中で本当に必要な寄り添いだと痛感する。
・・・
出たり入ったりして、内から外から思う街東京。ここ数年は外国人さんの姿がとても多くて、ここはアジアの別の新しい国なのか?と思うほどだったけど、今回のことでもう一度ゆっくりと"東京らしさ"を感じる機会になればいいと想う。
江戸が東京に変わった頃の、あの混沌と今現在って、結構似ているのかもしれない。ここ数日は、歴史を学ぶような気持ちで過ごしている。
・・・
出たり入ったりして、内から外から思う街東京。ここ数年は外国人さんの姿がとても多くて、ここはアジアの別の新しい国なのか?と思うほどだったけど、今回のことでもう一度ゆっくりと"東京らしさ"を感じる機会になればいいと想う。
江戸が東京に変わった頃の、あの混沌と今現在って、結構似ているのかもしれない。ここ数日は、歴史を学ぶような気持ちで過ごしている。
もっと、もっと東京を知りたい、と思いながら・・・
・・・
・・・
と、まとまりのない、イミフメなつぶやきでありました。思いつくままに書き散らかしました。このブログも二周年ということでお許しを。
ひとまずの東京語りおしまい。
ひとまずの東京語りおしまい。
※2011年1月11日
今日は休みなので少し遠出をした。
池袋サンシャイン劇場へ舞台を観に行ってきた。首都高から直結のパーキングで楽だったのが感激。久しぶりに車で都心を抜けてデンジャラスなJCTをナビして、緊張と懐かしさで・・・想うことも更新された。
首都高からの眺めって昔から好きだから・・・
サンシャイン屋上展望フロアから360度の東京を眺める。屋外にも出られるから、高層のナマの街の風の中で遠い海や半島、遠い雪の山まで見れて寂しかった。
冬の東京はいいナ。
寒いから人の活動がチマチマしていて優しい。1月の祝日は車も少なくて空気が澄んでいて、空もビルの反射もきれいだった。
寒いから人の活動がチマチマしていて優しい。1月の祝日は車も少なくて空気が澄んでいて、空もビルの反射もきれいだった。
・・・
セルフカバーセレクションの『なごり雪』は「東京のカケラもない」(いい意味で)って、昨夜まで想っていた。
100%ふるさとの、線路脇に菜の花の咲く、蜜蜂の羽音さえ聞こえるような静かな駅の時刻表の合間を想ってた。
だけど、今日、東京の端っこから都会のボーダーな部分を走りつつ、この21世紀の『なごり雪』を聴いてみたら、、、、そうしたらなんとなく、
「あぁ、今はShoyanの"東京の捉え方"が変わったのかもしれないな」
と、思った。
"変わった"というより、"移行した"という感じかな。勝手な思い込みだけど、ふんわりと、更に外環へ外環へと、忙しない都会を緩めて意識しているニュアンスを今回の『なごり雪』に感じるんだ。
ふるさとの駅と鉄路で繋がっているのは、郊外の駅も含まれるかもって・・・。今は、、、郊外も人が多過ぎて、街と町の境目はなくなりつつあるケド・・・。
八王子とか青梅とか、千住や玉川だって東京だものね?
チョットチガウゾ ッテ
イワレルカモ(笑)
(^^ゞ
イワレルカモ(笑)
(^^ゞ
ただ、こののどかな『なごり雪』、都会の駅のホームでも、端のコンクリートの隙間に春の小さな雑草が芽を出すかもしれないよ?という希望を含んでいるようで安らかなのがスゴク良いと思う。大好きなテイクだ。
この途中からの"ホール感"がイイナ♪ どんどん天井が高くなっていくような歌とギターの響き方、細井さんの畳み掛けるピアノが天国にかかる梯子みたい・・・(と、この頃は思っていました)
4分にも満たないシンプルな歌『なごり雪』。だけど想うことは無限だって今日も思い直して感激。
たまの遠出でもう一本の時刻表に乗り換えられたんだ。
たまの遠出でもう一本の時刻表に乗り換えられたんだ。
今日は少し、都会が好きになった(´ー`*)。
・・・
なんてことを想っていた・・・(謎)
Shoyanの歌を聴く上で"東京"ははずせない。私がShoyanの歌を好きな理由のひとつでもある。
そもそも『なごり雪』からして座標軸の片一本は"東京"だ。『東京1975』の「あの頃」っていつのことだろう? 1970年頃のことかな・・・
この歌を知ったのはすでに1985年頃。オリジナルのLPレコードを買う余裕もなく、物心付いた頃にはレコード店の店頭にはもうレコードそのものが無くなっていた。ちょうどレコード盤からCDに移行する頃で、今と違って少し前の作品はもうすでに廃盤扱いで店頭に無かったように思う。
だから長いことギター譜の歌本の歌詞だけだった。どんな歌だろう?とずっと想像してた。とても伊勢正三作らしい良い歌だなって想っていた。
でも90年代に入ってやっと耳に出来たクボヤンのメロディーは、、、私の勝手な想像とはだいぶ違って、しかも途中、ノッキングのような難しい節回しとテンポがあって(それをクボヤンテンポという?(笑))最初に聴いた時はしっくりせずに、想像していたイメージと遠かった。
だけど、何十年も経って聴くと、今はなんだかホッとできる不思議な感じがする。若い頃より今のほうがクボヤンのメロディーを好ましく思っている自分がいる。そして、ベースラインのお洒落さとか、肩の力の抜けた演奏とアレンジが実はもうすでにファーストアルバムからして"フォーク"じゃなかったんじゃないか・とか、面白さも見つけてみる。
・・・
きっと、今勝手に想像するに、この詞はShoyanご自身の中でずっと後を引いて、無意識に熟成され、確信を経て『冬京』で"成人"したのではないだろうか。
そしてその後、更にその"冬京"をも通り過ぎて"都会・街"の正体の探求という大きな括りへと移行していったのではないだろうか・・・
ShoyanとTOKYOの対峙は単なる距離を表現することではなくて、さみしさと人恋しさの容れ物を吟味する作業なのでは?と思う。
・・・
西岸良平の漫画『三丁目の夕日』に出てくる地方出身の自動車整備工の六さんは、コーヒーの飲み方を知らなかった。背伸びして喫茶店に行っても同席の水商売のお姐さんに教えてもらうまで、ミルクを入れることも知らなかったように思う(単行本を失くしたのでうろ覚えである)。その漫画の舞台は昭和30年代だけど、1970年代半ばはそろそろ次の小洒落たモードに移行するまでの、最後の純朴が残っていた時代だったかなと思う。
慣れたふりして飲むコーヒー
合挽きのコーヒー
そして二杯目のコーヒー
コーヒーポットの湯気・・・
合挽きのコーヒー
そして二杯目のコーヒー
コーヒーポットの湯気・・・
コーヒーでさえこんなささやかなステイタスだったあの頃、確かに大きくて、淋しくて、愉快な場所だけど、まだ東京に血が通っていた頃1975年・・・
♪…誰にでもあるけれど
淋しがり屋な僕です
淋しがり屋な僕です
意外と、Shoyanご本人も本当に"さびしがりや"なのだと思う。親の愛いっぱいで育ったって、豊かな暮らしをしていたって、誰でも子供の頃はどこかさびしい。
そして苦しい若き日・・・
そして苦しい若き日・・・
その感覚を街や季節、海や恋人の存在と反応させて"せつなさ"に変換していく。そんなことが出来るShoyanの詩作はKAZEの頃に沢山種蒔きされていたように思う。
雨や、街や、独り、あの頃、淋しがり屋なぼく・・・ここからいくつもの歌が生まれてきたと思う。
クボヤンが曲をつけて歌っているから、普段はShoyanの歌だとの認識は薄いかもしれない。でも、ホントはとてもShoyanらしい大切な歌だと思っている。
"東京"はみな憧れるシンボルだけど、でも誰のものでもない不思議な街だ。その謎解きをShoyanが歌にしてくれるのをまだこれからも待っている
・・・
※我が家の家人は
「"東京が肩をたたく"なんてフレーズは
やっぱりShoyanにしか書けないなぁ」
やっぱりShoyanにしか書けないなぁ」
と言っていた。
ホント、私もそう想います(敬)
ホント、私もそう想います(敬)
※2011年ころ書いたものに加筆
今日のラジオ、短い時間だったけど、Shoyan元気そうで楽しそうだった♪
季節柄、タイムリーに釣りの話が出て、やっぱりちょっと遠ざかっていたのかなと、自分の感じ方そんなに外れてなかったナと、でもそれが今のShoyanのナチュラルなのだと思えば、非常に納得なのであった。
とある郊外の実家を処分して、私の近くに越してきた父母は70代の今も渓流に・アユ釣りに出かける。じいさんばあさんが竿を出している姿、ある意味凄いのですが(;´∀`)。
膝が痛くても、腰が痛くても、どこか具合が悪くても、釣りに行きたい!川に行きたい!!!というキモチは本当は止められず、キット無理をしても出かけてしまうものなんです。
デモ、今現在のShoyanが"リハビリ"中とおっしゃっていたのは、視点の角度を変えるとキット、やはりリアルのクリークよりも、某所の"源流"への探訪に忙しい・ということなのだろうな、と勝手に解釈している。それは去年、Re-bornを聴いていて真っ先に思ったことだった。今のShoyan、フィールドよりも"feel"にシフトしてるのかなって・・・。
ただ、私は自然というものの真実が好きなので、"都会=恋のあぜ道"な、Shoyanのその多角度的な現在の歌創りにこれからももっと自然を見出したいと思っている。源流の一滴からコンクリの暗渠まで・・・なんかそんな感じを今のShoyanの歌に感じたいって想った今日でした。
なんか、散漫に脱線してしまった(;´∀`)♪オヤスミナサイ
季節柄、タイムリーに釣りの話が出て、やっぱりちょっと遠ざかっていたのかなと、自分の感じ方そんなに外れてなかったナと、でもそれが今のShoyanのナチュラルなのだと思えば、非常に納得なのであった。
とある郊外の実家を処分して、私の近くに越してきた父母は70代の今も渓流に・アユ釣りに出かける。じいさんばあさんが竿を出している姿、ある意味凄いのですが(;´∀`)。
膝が痛くても、腰が痛くても、どこか具合が悪くても、釣りに行きたい!川に行きたい!!!というキモチは本当は止められず、キット無理をしても出かけてしまうものなんです。
デモ、今現在のShoyanが"リハビリ"中とおっしゃっていたのは、視点の角度を変えるとキット、やはりリアルのクリークよりも、某所の"源流"への探訪に忙しい・ということなのだろうな、と勝手に解釈している。それは去年、Re-bornを聴いていて真っ先に思ったことだった。今のShoyan、フィールドよりも"feel"にシフトしてるのかなって・・・。
ただ、私は自然というものの真実が好きなので、"都会=恋のあぜ道"な、Shoyanのその多角度的な現在の歌創りにこれからももっと自然を見出したいと思っている。源流の一滴からコンクリの暗渠まで・・・なんかそんな感じを今のShoyanの歌に感じたいって想った今日でした。
なんか、散漫に脱線してしまった(;´∀`)♪オヤスミナサイ
♪心の気がかりな結び目
ほどきたくない夜・・・
ほどいたらどうなっちゃうの?
終わってしまうの?
二人のことは無かったことになってしまうの?
終わってしまうの?
二人のことは無かったことになってしまうの?
♪二人があの日巡り逢うために
ほどき過ぎた心の糸絡みつかせて
ほどき過ぎた心の糸絡みつかせて
コノ場合の結び目は、縁結びの結び目でもあり、気がかりな固結びでもあるのかもしれない。そもそもこの糸、一本?二本?
彼と彼女の二本の糸なら、風のイタズラで結ばれたら、誰のせいでもない"自然"な出来事。歓迎すべきことだよね。でも、どうやら一本の"タイムライン"でもあるようだ。上手くスルリとほどけるような結び目なら、後腐れ?もなくていいのだけど、ほどくのが怖い=後戻り出来ないほどの結び目だったらどうしよう・・・
ときめく結び目と悲しい結び目、両方あるのかな?
しかしこの場合の風って冷たくて、イタズラで、結局この二人どうするのだろう?と、ここに明確な答えはない。ただ、野分の風が吹く~♪という感じで、ホントに風まかせ・・・。花びらが散ったあとの桜=昨夜の花火の燃え殻。材料は寂しいものばかりなのが気がかり。
せっかく巡り逢ったのに、それはただの「惑い」だったの?明日を想ってはいけないのだろうか。自分で結わいた結び目ならほどけるはず。だけど、知らぬ間に出来た糸の絡みは、ほどけたためしがない。川原でいくら格闘してもムリ・・・予備の仕掛けに付け替えるのみ(悲)。
(でも、突堤でリールならテンビンを外してみて♪)
山本潤子さんと二人で爽やかなデュエットだけど、ホントはちょっと寂しい歌だな。
キラキラのアルペジオが糸縒りみたいで、歌自体が美しい一本の組紐になっている。この頃はShoyanも潤子さんも軽やかだった。更にお歳を召した後にステージで聴いたら案外ドキっとするかもしれないと思っていたのだけど、、でも今は、もう叶わないのが寂しい・・・
・・・
手元にある潤子さんのソロアルバムを何枚か聴いてみる。当時は普通に思えていたこと、今になって凄く凄いなと思う。潤子さんの歌の"確かさ"が凄いんだ。音程も、身体(喉)の使い方も、声のオリジナルさ、今これに匹敵する実力のあるヴォーカリストっているのかな?みんなキンキンして、潤子さんのような練りの濃い声で歌える人、他にいないのじゃないかと思ったら、また寂しくなった。つい先日、懐かし歌番組で他の女性歌手があるユーミン曲を歌っているのを聴いてチョット(かなり?)不満に思った。ユーミンの難しいメロディを歌いこなせていたのは潤子さんだったからなんだって痛感した。それほど潤子さんのヴォーカルは神の御使いだったんだね。
Shoyanのギターの"確かさ"と丁度均衡のとれる技量のヴォーカリストだったのだと、あの頃のオシャレで素敵なステージ、本当に贅沢でした。
・・・
♪心のシャツのボタンどこまではずすのがいいのか
なんて、Shoyanにしか書けない~~~(>_<*)!
こんなに軽やかに激色っぽいことを歌うので、このお二人は曲者ナノダ☆
こんなに軽やかに激色っぽいことを歌うので、このお二人は曲者ナノダ☆
ある意味サバサバ系の山本潤子さんと、フニフニ系の伊勢正三(謎)というコンビは、一見あっさり関西風のお出汁?みたいに思えるけれど、実はその味わいはとても深くて、クセになる、旨味たっぷりの濃い音楽だったと今改めて思う。
この頃は外す方が先だった胸のボタン、今は独りなら・・・掛け違えてしまうもの。取れてしまったボタンを付け直すその糸さえ風に煽られて針の穴に通らない・・・最近はなんとなく、釣りをしているShoyanのお姿が遠いような気がしている。リールに待機中のそのラインを、Shoyanは今、違う岸辺に投げている。風の気まぐれというよりは、サクランボの軸をクチの中で結ぶような、そんな確信的な結び目を今のShoyanに感じている今日この頃♪
そういえばこの曲の頃はShoyan、必ずアンダーシャツを着ていて、鎖骨見せてくれませんでしたね。今は開いた胸元がスゴク素敵です。
『もしかして二人は』や『好き』『緑の季節』もちろん『青い夏』。この頃潤子さんが絡んだ提供(デュエット)曲はどれも珠玉のLOVESONGばかり♪
潤子さん効果でShoyanご自身のココロのコンディションも良かったのかな?当時はチョット妬けたりしたけれど?今想うと、とても素敵なことだった。
潤子さん効果でShoyanご自身のココロのコンディションも良かったのかな?当時はチョット妬けたりしたけれど?今想うと、とても素敵なことだった。
"ナチュラル"なお二人のステージ、今でも時々べるがの放送の録画を観たりして懐かしく想う。その邂逅は、今はほどけてしまったけれど、聴いた者の記憶の結び目というものは永遠にほどけないのだ。素敵な音楽を残してくれた山本潤子さんに感謝して、そしてこれからのShoyanにはまだまだ新たなキャストを求めていきたい。
このキモチ、もつれたって、絡んだってイイのだ!
今日は立春です。
私が一番やる気の出る日です(謎。
でも、ダラダラととりとめもないことをリハビリ投稿をしてみる。
※ライブリポではないです(;´∀`)
でも、ダラダラととりとめもないことをリハビリ投稿をしてみる。
※ライブリポではないです(;´∀`)
1/25、あまりにも”僕だめ”的なタイミングでサーバーが落ちて不安なまま、私たちは病み上がりのよぼよぼの体力で東京に向かったのでした。途中の高速道は路肩に雪があったり、山も真っ白で緊張感がありました。
それでも無事に会場に着き、コンサートが始まり元気なShoyanのお姿に興奮しながらメモを執っていると、なんと!途中で愛用のボールペンがインク切れを起こし、ホールの暗闇の中で愕然とする事案が発生。代わりになるもの何も持っていない!もう、あとから鉛筆でこすって判読しよう(笑)と強行的にペン先を動かすことになった。2ページくらいは鉄筆で書いたみたいに透明文字になっている。ただでさえ判読不能な字なのに、インクがないなんて!
曲の合間に隣の家人に言いましたら、赤いボールペンを持っていたので借りることができ安堵。赤い字で興奮しながらメモ書きを続けることが出来た。
立川RISURUホールは思ったよりもこじんまりとしたホールで、一桁台の席からすでに傾斜がついていてステージが見やすく、あんなにShoyanのお姿をしっかり見ることが出来たコンサートなんて何年ぶりだろうって涙が出た。ホントに、いつも端っこ壁際で音がボワボワとか、13列とか21列とかShoyanの表情もワカラナイ席ばかりだったので嬉しかった(涙。Shoyanの白いボトムから覗く”ナマくるぶし”が見えちゃった♪萌えるぅ~(*´∀`*)ワー
(でも普段はちゃんと長い靴下履いて足元冷やさないで下さいネShoyan☆)
(でも普段はちゃんと長い靴下履いて足元冷やさないで下さいネShoyan☆)
もう最前列や真ん中の席はガチファンのみなさんにお任せするとしても、たまには一桁台の席に座ってみたいと、珍しく思い直したコンサートだった。もう最近は老眼がひどいのでほどほどのキョリで良いけれど、Shoyanが笑ってる・目を閉じてる・それくらいがわかる席で観られれば最高です(願。
・・・
今回数えたらキッチリ22曲?!スゴイな~。36歳の友人が子供をご主人に預けて7年ぶりに参戦したのだが、彼女もShoyanのパワフルぶりに驚愕していました。そして少女のように頬を紅潮させておりました。去年の東京リボーンの規模は今回と300席くらい違うみたいなのですが、それ以上に、めちゃ濃いい白色矮星みたいなライブ空間になっていた。国際フォーラムの時は・・・なんとなく、”ファン”のキモチは今より「そっとしていた」ような気がする。ステージの上のShoyanご自身の愛がフワフワして華やか過ぎて・・・
で、ですね、よく考えたら国際フォーラムの東京リボーンの感想書いてない自分(^^;)。ナゼだろう、やはり、なんかちょっと遠いかったからかな。なんでだろう、今気が付いた・・・
立川のRe-bornライブ、私の人生の中でも記念になるような圧倒的な熱量のLIVEだった。全編夢中になっちゃって、メモはろくすっぽ執っていない☆やっぱり、一年くらい聴き込んでやっと始めるんだなRe-born!!!!
さて、ちょっと、その例の解読困難なメモを読み返してみます。
歌の通りにこれからむしろ寒くなるという陽気。街は今冷たいオーラに包まれ・・・と、2月はフト我に返るような季節。熱いステージを想い出して、体温上げて血流良くして頑張る!
つづく・・・
つづく・・・
今更ですが・・・
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この調子でまたダラダラと続けられたらいいなと思います( ̄▽ ̄)。ホームページのhtmlなどをいじっての更新は多分無理かもですが、このブログぐらいはチマチマやっていたいと思います。
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