Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
※書き散らかしています
いつまでたっても明けない梅雨。
いつまでたっても明けない梅雨。
朝目覚めて「今日も雨音がする」と、いいような悪いような・・・?
雨、キライじゃないのでいつまでもそのまま寝床に居たいけれど、働かなくちゃいけないから起きる非ロマンチック(;´∀`)。
雨、キライじゃないのでいつまでもそのまま寝床に居たいけれど、働かなくちゃいけないから起きる非ロマンチック(;´∀`)。
この長雨は、きっと誰かが誰かのことを想い過ぎているから降りすぎるのよ。想いの粒子に水分が付着して雨粒になるんです・・・。などといつもの持論を言っていられぬほどの過度の雨量に水害の恐ろしさを思う。早く晴れて色々前に一歩踏み出せるようになるといいのにと祈る。
・・・
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でも、雨が少しでも小やみになるとすかさず蝉が鳴き始める。時雨・・・蝉の鳴き声を雨に例えるなんて、本当に素敵な日本人のセンス。そこでフト想うのだけど、Shoyanの歌に出てくる蝉の鳴き声ってどんなんなん??
20年ほど前の夏、蒸し暑い小雨そぼ降る中、九州長崎に生まれて初めてひとり旅をしました。確か広島原爆の日に長崎にいる・と思ったので八月初旬だと思う。歴女の端くれ的な私はずっと憧れていた長崎で、鳴滝塾(シーボルト記念館)や出島跡や唐人屋敷跡などへ路面電車に乗って出かけてみた。
鳴滝塾跡の裏手は山で、そこがもの凄い蝉の鳴き声で溢れていて驚いた。全部クマゼミの鳴き声なのだ。シャワシャワシャワというその大合唱は関東東北育ちの私にはほとんどの初体験で「異国にきた!!」と大実感したのだった。海に近い湿気た空気と、西の果ての歴史の匂いがして、そんな些細なことなのに忘れ難い一瞬だった。
と、話がかなり逸れてしまったが・・・
九州生まれのShoyan、やはり歌に登場する蝉はクマゼミですか?
『もしかして二人は』にも蝉の声が出てくるけど、クスノキも出てくる。クスノキは九州などではとても一般的な樹だと聞いた。だからやはりクマゼミのシャワシャワ大合唱のことなのかな?
『もしかして二人は』にも蝉の声が出てくるけど、クスノキも出てくる。クスノキは九州などではとても一般的な樹だと聞いた。だからやはりクマゼミのシャワシャワ大合唱のことなのかな?
『月が射す夜』の♪季節が動くときの蝉の声、はツクツクボウシのことかな。夏がどんなに暑すぎても、ツクツクボウシが鳴き始めると如実に風に秋が混ざり始める。冬が完全に去った新しい山中でのハルゼミの宇宙的な鳴き声(謎)や、うすら寒い梅雨の中にも夏が入り込んでくる頃真っ先に鳴き出すニイニイゼミのように、去年もここで書いたけど、蝉は季節の定規の目盛りなのだなと思う。
『夏の沈黙』では都会人の孤独と、刹那にしか生きられない蝉の声に痛み(傷み)を重ねている。この場合、種類は関係ないかもしれない。都会の人は蝉の種類なんて気にも留めないだろう。都会の蝉ってどこにいる?閑静な住宅街の狭い公園か、街路樹の根元か団地の植え込みか、御苑や城郭公園や大学の構内か・・・そんな小さなかぎられた場所の中で何世代も生を重ねていくのだろうか。狭くても意外と緑が点在しているから昔よりは都会の中に蝉が増えていると聞く。それはそれでいいのかな都方蝉。
例えば世田谷あたりでおばあちゃんが独りで住んでいた古いお屋敷の庭にいた蝉たちは、7年経ったらもう地主も代替わりしてアスファルトの駐車場になっていたりして、地上で羽化しようと這い出たくても出られなくて絶望するに違いない。そういう閉塞感を妄想するくらいこの歌の蝉は哀しい。
※それ以前に養分を吸っていた樹が根っこごと撤去されてすべての命は速攻跡形もないかもしれないけれど(悲)。
去年の夏はRe-bornの発売もあって嬉しすぎて、「幸せ過ぎて、もうこれ以上の夏はない・このまま終わらないでいて今年の夏」って思っていた。今年の夏になってこんな状況にシフトしてしまった今、本当にそうだったと思って哀しい。歳を取るごとに夏が哀しくなってゆく気がして、蝉の声の暑苦しさの温度は年々下がっていく。そして時々、べるがのヒグラシの大合唱を思い出して哀しい。
過ごしてきた時間も距離も場所も遠いShoyanの、胸の中の蝉の声はやはり、この自分とは違うのだろうなって想う。
日本って狭いようで広いです。
その場所その場所で生きるしかない蝉たちの絶唱が今日も「生きろ生きろ」って私たちを駆り立てる。
・・・
その場所その場所で生きるしかない蝉たちの絶唱が今日も「生きろ生きろ」って私たちを駆り立てる。
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こんな禍の中でも遊びに行きたいと思う人たちの心もわからず、都会から帰省してきた娘や孫を連れて飲みに出てくる人たちの心もわからず、ひたすらに怯えて戸惑うこの一週間だった。
人生は短い・楽しもう!と言いながら、大きな観光バスの中でマスクをつけて無表情に並んだまま私たちの町を通過していく人たちの虚ろな娯楽と、アスファルトに阻まれて羽化できないで死んでいく蝉の一生を、つい一緒に考えてしまったりして、気欝な雨季の憂きの中にいる。
サービス業なのに誰にも会いたくないという複雑な沈黙の中に居ましたが、なんとか元気を出そうと思っています。
つづく
人生は短い・楽しもう!と言いながら、大きな観光バスの中でマスクをつけて無表情に並んだまま私たちの町を通過していく人たちの虚ろな娯楽と、アスファルトに阻まれて羽化できないで死んでいく蝉の一生を、つい一緒に考えてしまったりして、気欝な雨季の憂きの中にいる。
サービス業なのに誰にも会いたくないという複雑な沈黙の中に居ましたが、なんとか元気を出そうと思っています。
つづく
※※地面に転がっている蝉って、本当に死ぬと手脚がちぢこまって合掌しているようなスタイルになるそうですが、生きて合唱、死んで合掌、なのだなと思って深い・・・。
ナニガイイタイノカ ジブン(*´ω`)
ナニガイイタイノカ ジブン(*´ω`)
>季節が過ぎても、それでも飛んでいかないホタルもいる。
>光らなくなったから見えないだけで、
とは書いたものの・・・
光らなくなったらそれホタルの意義がない(T_T)。
そう想って哀しい・・・
つい先日偶々聴いたラジオで、某御大拓郎さんが中止延期になった数々のコンサートについて言及されていたのだけど、やはり氏は「ツアー会場でお客さんを目の前にして反応を見ながらステージを演りたい」というようなことをおっしゃっていた。
その一方で、無観客ライブをやったサザンのことも褒めてらした。
「伝える」ということを改めて問う今の事態。目の前に在るものの反応が一番確かではあるけれど・・・それが不可能なら一体どうすれば??非常に興味深い事態。聴き手としても発信する側に何か"伝え"たい・と思うのだけれど、、、でも、手段がない(泣)。ライブがないとお手紙さえ持っていけない。(今どき手紙なんてアナログなものは迷惑で、デリートされて絶滅しているかもですが^^;)
コンサートがない今、じかに持っていけないから・・・妄想はもう手元に置いて、ココで残しすしかないのかもしれない。デジタルの虚しさはこの際考えないでおこう。やらないよりやることが大事?こんな妄想、ココだけでとどめておく方が世界平和かもしれないし・・・。
モチロン、いつか、、コンサートが再開されたら、、、再度スタッフさんに迷惑がられても(笑)よく消毒した袋に入れて、いつか凄まじく下手な字で(汗)アナログなお手紙を持っていきたいと思うけど、それがいつの日かわからないままはサミシイ・・・
話は初めに戻ってしまって、、、
となると
今の事態、この先何か月・何年かかるかワカラナイ。もうシステムも変更になって、宛先ももう存在しないのかもしれない。でも、だから、最後のアナログお手紙をいつかやっぱり一度郵送してみるのもいいかもしれない。何十年か経ったらどこかで音楽の神様に受け取ってもらえるかもしれない♪。行方の分からない手紙なんて面白いじゃないか・・・・
でも「宛先不明」で帰ってきたら現実を受け止めて、おとなし~くココでデジタル呟きに専念します(笑)。
聴き続けている限り、感じ続けていて、想い続けて溢れ続けている訳で、何も中断してはいないのだ!ってそれだけは強いキモチでいたいのだ。それだけは、もう伝わらなくても、残していきたいって、見えない波長で光るホタルがこの胸の中にいるんです。
・・・
秋冬の楽しみが何一つないこの夏をどうやって乗り越えようか、心は上がったり下がったりしながらあだこだと想い散らかしております。今こそShoyanが今までにくれた愛を・・・どれだけ殖やせるか!チャレンジの夏ですよ!!(気合)
※いつにもまして個人的な独りよがりの内容失礼しました(;´∀`)
ッテ イツモノコトデショ(笑)
抜け殻が空蝉なら、鳴いている実体の方は何蝉と呼ぶのだろう?
ニイニイゼミに続いて昨日とうとうアブラゼミが鳴いた!今日はミンミンゼミも鳴き始めた。寝込んでいるうちに夏が来てしまう。蚊も湧くしカミキリムシもヨトウムシもアオスジアゲハもイトトンボも、ありとあらゆる虫が庭を往来しているが、今年もホタルを見にいかずに季節が過ぎてしまった、、、
何十年も昔、ホタルの話をしたこと、その人はもう忘れてしまっただろう。あれは小さな平家蛍のことだったのですよ。季節が過ぎても、それでも飛んでいかないホタルもいる。光らなくなったから見えないだけで、葉の裏で待っている。五つ目の季節を止めて待っているのだ。
、、、
昨日今日は丸一日仕事をしてみた。まだ痛みはあるが、椅子に座って食事できる位にはなった。無理をすると痛みがぶり返すけれど、長時間のパソコン作業も出来るように早く良くなりたい。
やはり、想うことはせめてキーボードでないと。
ニイニイゼミに続いて昨日とうとうアブラゼミが鳴いた!今日はミンミンゼミも鳴き始めた。寝込んでいるうちに夏が来てしまう。蚊も湧くしカミキリムシもヨトウムシもアオスジアゲハもイトトンボも、ありとあらゆる虫が庭を往来しているが、今年もホタルを見にいかずに季節が過ぎてしまった、、、
何十年も昔、ホタルの話をしたこと、その人はもう忘れてしまっただろう。あれは小さな平家蛍のことだったのですよ。季節が過ぎても、それでも飛んでいかないホタルもいる。光らなくなったから見えないだけで、葉の裏で待っている。五つ目の季節を止めて待っているのだ。
、、、
昨日今日は丸一日仕事をしてみた。まだ痛みはあるが、椅子に座って食事できる位にはなった。無理をすると痛みがぶり返すけれど、長時間のパソコン作業も出来るように早く良くなりたい。
やはり、想うことはせめてキーボードでないと。
痛み寝転びながらスマホをいじるだけの時間の中で、何気なく調べてみた花言葉に慄く。
夕顔の花言葉は「罪」。
…こわっ
いや、怖がる必要はないのだが、夜顔を育てた時に怖い思い(謎)をしたことがあるので、混同しているのかも。
カンピョウだと思えばいいんだカンピョウだと!(汗)
夕顔のことはまた改めて。
今頃そんなことを知って、40年も出遅れている自分なんなん!(笑)
夕顔の花言葉は「罪」。
…こわっ
いや、怖がる必要はないのだが、夜顔を育てた時に怖い思い(謎)をしたことがあるので、混同しているのかも。
カンピョウだと思えばいいんだカンピョウだと!(汗)
夕顔のことはまた改めて。
今頃そんなことを知って、40年も出遅れている自分なんなん!(笑)
メダカ鉢の姫スイレンが今年も咲いた。
去年は二つ咲いたのに、今年はまた一つでした。やはり鉢で沈めるだけではなく、中に土を入れて植えなくちゃダメかな?
でですね、子供の頃(7歳!)から聴いていた『おやすみマーヤ』のことをフト想い出したのですが、、、なんと!今んたら気が付いたことが・・・(遅すぎる自分(笑))
スイレンって、夜になると花を閉じるよね 。
とすると、マーヤはどこで寝ている??
アニメのエンディングでは普通に花の上にいてクルクルしていたように思うけど・・・
絵的にはこのまま「♪ベッドのうえで~」の方が詩的だけど、夜が更けたらきっと「ベッドの中で~♪」なんだなキット(*´∀`*)。この写真は姫スイレンだから小さいけれど、大きな普通のスイレンの花の上ならば、閉じた花びらの間でちょうど良いサイズ感でミツバチが守られて眠れるのかもしれない。そして朝になったら開いて起こしてくれるネ☆
普段観察していると、蜂は意外と水辺が好きで、暑いときは一日に何度も何度も来てスイレンの葉の上に着地(着葉?)して水を飲んでいる・・・と、思っていたが、、ただ飲んでいるだけではないのだ!!口いっぱいに表面張力で水滴を含んでキラキラさせながら運んでいるんだ。追跡してみると巣に持って行ってその水をかけて冷やしているのだ。なんて可愛い奴!>蜂!
※私はいつも蜂の巣をあんまり大きくならないのならそのままにして観察しているのです。ミツバチではなくてアシナガバチですが。
蜂は時々店の中にも入ってきてしまうけど、ほとんどの場合「ハイハイ出て出て~」と促すとちゃんとドアから出て行ってくれる。アタマ良いんだな~って感心する。(アブやハエは心が通じません^^;)
マーヤは今から大忙しな季節だね。
蜂は暑さに強くてうらやましい。
小さな生き物に慰められて今年の暑さを乗り切ろう。
・・・
『入り江』を聴いたとき、このマーヤの歌たちをチョットだけ想い出した。夢二の子供の絵のように、ラブソングの帝王である艶っぽいShoyanの中にも、若き日から今の今まで持ち続けている"おさなごころ"がある。その視線の柔らかさが大好きだ。大人が上から見下ろす世界ではない。星が流れる夜空と月明かりが揺れる水面は同じ高さにあるものだ・って知っている人のやさしいまなざしを、こんな歳を取ってしまった今の自分でも感じることが出来るのは幸せだ。
・・・っと、全然違う曲のことをシビアに考えていたのに、何故か急に書いてみました。
明日明後日は予約の会食座敷があって、内心かなり緊張感です・・・(怖)。
無心だった幼い日の自分に、少し逃げたくなったのかもしれません(;´∀`)。
シェルターソング万歳♪
"アビーロード"とはなんぞや?
モチロン!ビートルズの"アビーロード"ということは当時から知っていてのことだし、歌を作ったご本人のニュアンスは、あのレコードジャケットやスタジオのある場所と、青山通りや表参道の景色などを重ねたものだったのかと思うけど・・・
高校生の私は当時もう少し深読みしたくて、そのまんま辞書を引いて「Abbey Road」=「修道院通り」=「参道」=「表参道でおk」という結論に達した。
笑止!・・・(=´ω`)ソンナお年頃。
そういう風に発展?脱線?させて妄想するのを、楽しいと気付き始めた最初の歌だった。
・・・
この歌、本当は、、、私にはとても痛い歌。
ナントイウ コトダロウ
すごく好きだったのに・・・
以下、とても個人的なことを書くけれどお許しください。そろそろ人生もだいぶ過ぎて、いつ何があるかわからないこんなご時世だし、イタイことを書くのも私という人間とShoyanの歌の歴史なのだと、そんなスタンスでこれからは進めようと思っています。
・・・
その昔、なごり雪で縁が始まった、とある人がすごく好きな歌だった。その人は出先にもかぐや姫のLP歌詞カードまで持ってきて「いい歌なんだ」って歌ってくれた。だから必然的に私も大好きな歌になった。その人との記憶(思い出ではない)の歌は、なごり雪と22才の別れ以外ではこの『アビーロードの街』ということになる。
声が、似ていた・・ような気がした。
声が、似ていた・・ような気がした。
ヒゲの生えていないメガネ男子のショウヤンに似ていた・・ような気がした。
この歌を私だけにプレゼントしてくれた・・と思っていた。
この歌を私だけにプレゼントしてくれた・・と思っていた。
でも、そういう思い込みは思い込みのまま、現実には何も生まずに時は過ぎて、私もその人もいつかそれらを全部捨ててしまった。そしてこの歌は"思い入れの錯覚"の悲しい画鋲になってしまった。
※ちなみに今はソノコトは逆に「私が正やんに遇うためのきっかけ」だったのだと想っていマス。きっとそれが正解です。
しかーし、更にそのことに追加して別件の、ビートルズやかぐや姫に関する苦い躓きが発生し(汗)、ひどい火傷の引き攣れみたいに残る私の愚か過ぎる脱輪事故もあって・・・(ハゲしく欝)。知らぬうちに遠ざけて・辛くて・苦くて、去年くらいまではほとんど聴けていなかった。アルバムさえ、かぐや姫の歌さえ、聴けてなかった。
Shoyanごめんなさい・・・
この歌を聴くと、湯船で膝小僧の擦り傷が沁みるみたいな、とっても苦しい気持ちになっていました。でも今こうしてこんなことをここに書けるのは、もう大丈夫になった証拠だと思いたい。
今、自分で、
「もう、痛くないよね?」
って確認してみたくて恐る恐る書いてみている。自分語りなんて、とても野暮でみっともないものだけれども・・・
・・・
ここ最近のライブではなんだかすごく賑やかで明るい歌になっちゃった。合いの手の♪ショーヤーン!は黄色い歓声で楽しそう。(もちろんそれは盛り上がるしイイコトだと思うけど)
だから余計私には辛い。
寂しくて甘酸っぱい哀愁のある歌だった頃が懐かしい。
寂しくて甘酸っぱい哀愁のある歌だった頃が懐かしい。
歌のバリエーションとして、客席の片隅でこんな寂しい聴き方をしていてもどうか許してください(*´ω`)。
・・・
体言止め?な
♪地下鉄駅まで帰る道 青山通り 雨通り
のラストは、本当に繊細なこの彼の淡い純粋さを受け止めていて、素晴らしいズームアウト&フェイドアウトだと思う。
おいちゃんの曲もスゴクしなやかで、コーラスもアレンジもギターも垢抜けていて、かぐや姫の中の超級名曲だと思っている。
私が幼かった頃の"東京色"の濃い歌がすごく好きだ。あの頃まだ私の馴染みの地下鉄は通っていなくて、このあたりじゃきっと銀座線とか千代田線くらいしか通ってなかったんじゃないかな?
駅に着く前に一瞬電気の消える旧い銀座線懐かしいな・・・
駅に着く前に一瞬電気の消える旧い銀座線懐かしいな・・・
街に哀愁があったあの頃。
雨が優しかったあの頃。
若者がシャイだったあの頃。
雨が優しかったあの頃。
若者がシャイだったあの頃。
♪ 公衆電話だから
大きな声で言えないけれど
好きなんだ・・・
大きな声で言えないけれど
好きなんだ・・・
こういう 線香花火の瞬きのような、細やかな叙景を抱き締めるように大切に聴きたい歌だと思うんだ。
楽しそうな他のカップルの様子が、さみしい自分の胸にチクチク刺さる、その頃は連絡手段が限られていて、やっとの思いの10円玉とちょっと重いダイヤル。"想い"の質感が感じられる素敵な描写だ(涙)。
楽しそうな他のカップルの様子が、さみしい自分の胸にチクチク刺さる、その頃は連絡手段が限られていて、やっとの思いの10円玉とちょっと重いダイヤル。"想い"の質感が感じられる素敵な描写だ(涙)。
・・・
『さよなら以外に』から『Re-born』の曲たちが現れてくれたことによって、私は最近こういう痛みな歌もよく聴けるようになりました。
たぶん、きっとこれからもずっと好きでいると思います!
国道246は私が一番好きな国道。
青山通り雨通り・・・
都会は苦手なはずなのに、今でも自分がそこにいるような気がしています。
青山通り雨通り・・・
都会は苦手なはずなのに、今でも自分がそこにいるような気がしています。
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性別:
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職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
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