Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
※忖度一切なしで言いたい放題です。
あらかじめご容赦ください。
☆風、動く Tour 2026
伊勢正三&風の楽団 START UP!!
2026年7月20日(月祝 海の日)
開場16:30 開演17:00
川口総合文化センター・リリア
フカガワホール
エキチカ・・・と言うよりは駅そのものとも言える近さのホールに感激。梅雨最終の猛暑酷暑で湿度も高く、もんわりと纏わりつく空気の中新宿から電車で伺いました。
☆曲目
開演前、席について待っている間に、手元のメモにいつも日付や会場名などを書いておくのだけど、メチャ丁寧な字で書いてあって、その日の自分の期待と高揚が感じられて読み返して憐れで涙が出た。
オープニングの風当時のスケジュールの羅列に、ツアーにレコーディングにラジオに・・と拝見すれば当時のShoyanたちはどれだけ働いていたのだろう、って慄く。好きだから苦にならなかったのかな?きっとそれが当たり前の世界で、若さに客観なんて必要なかったのだろうなって想像しながら数々の写真をサラッと見流してみる。
どうだろう、隣りに座っている家人は当時を思い出して楽しめているかな?と気にかけながら『ほおづえをつく女』が始まって胸が高鳴る・・・
のだが、
エレキの最初の一音から音が外れた。
音は割れて耳鳴りが酷い。
なんだどうした!?と爆音の中で、入れ込みすぎなのか?と目を凝らす。
低い声は出ているけれど、Shoyanがなんだか仙台の時と違う。魔法がとけるレベルで見た目さえ違う。
声が埋もれて聴こえない。
(それは音響のせいかもしれないけれど)
岩井さんのエレキの合の手は万全。
でもShoyanはやたら入れ込んでいる(ように見える)間奏のエレキもニヤっとしながら弾いている(ように見える)。
けれど語尾の音程はあやふや、不穏すぎて血の気が引いた。
続けてドラムのカウントからの『地平線の見える街』ではジョリッとしたギブソンの音もカッコ良く、会場も手拍子が湧く。客席も喜んでいる。間奏でちょっとぴょんぴょんと跳ねるShoyan。調子は悪くなさそう?息も継ぎ継ぎで歌えている感じ。なのだけど・・・やはり声は聴こえない。歌詞で脳内再生される。もったいない。
岩井さんの12弦がまた凄く丁寧に仕事をされていて感激。
挨拶に続くMCでは
・3年という短かった風。
・50年経ってみなさんとその歴史を紐解けることを幸せに思います。
・僕もあなたも若かった、何もコワくなかったw
・じわじわと盛り上げていきたい。
というような感じでした。
相変わらずの黒のいでたちはカッコ良く、傍らでキーボードを弾きながら時々手でサングラスを直す準氏にも萌えておりました♪
MC
・風は22才の別れがデビューなのかな・・
僕としてはタクローさんとやったつま恋で2・3曲やったのが風の結成なのかなと思っています。
・22才の別れはかぐや姫のアルバムに入っていたから、風はこの曲から・・・と『海岸通』。
※でも海岸通って風のシングルではないですよね。その捉え方が興味深いです。
イントロやソロフレーズは西海氏。
今日のShoyanのボーカルは四分の一音下がってる。
でも語り歌いの部分はイイ。
この歌いつからこういう歌い方になった??
ボーカルの熱は去年の鎌倉公演の時の3割くらいかな、気が抜けたのかな、なんて書いてある。
ピックを使わないで爪でのストロークにグッと来る。
客席からの拍手は歴然とさわさわしたものになった。
丸山氏のチェロと西海氏のギターで『あいつ』。
ここまで準チャンの影が薄くて(優しくて)もどかしい。
シンセStとチェロがやっぱりかぶって聴こえる(聴こえない)。
Shoyanのボーカルも声を張り上げているけどパワー不足。
西海氏のギターだけが輝いていた。
丸山氏のチェロが全然聴こえなくて腹が立つ。
ちょっと散漫な印象のステージだった。
(なんて乱暴な文章なんだ^^;)
♪スリー・フォーの『星空』もなんとなく『ほおづえをつく女』の入れ込みを引きづっているのか逆に凹んでしまった感じ。
『あの唄はもう唄わないのですか』では重厚濃厚な丸山氏のチェロとソリッドビビッドな準氏のピアノで確実。2番からは更にシネマチックに盛り上げてくれる丸山氏のチェロは最高です。
間奏のチェロとピアノの音が違う楽器の音で胸内再生されてチョット満悦なのでした。
Shoyanはなんだかとても一生懸命・必死に臨まれていて、その全力以上の絶え絶えさが前面に出てきてしまっている気がしていた。
ここでMCでは
・風の歌ばかりやります
・たまには雪・雨も!?
・懐かしいあの頃を・・・
・時々僕がつまらない話をしながら(笑)休憩しながら♪
とここで、客席に年代アンケート。
60年代の方々50年代〜と、その中で「平成9年だよー」という声にShoyan「嬉しいなぁー」と♪
実際私も知り合いになった某青年が見事な平成生まれであります。でも、なんの隔絶もズレもなく逆に言わなくてもわかるフィーリングでShoyanの音楽を語れます。
思い返すと、、、私くらいの年代が一番孤独で隔離されてた伊勢正三ファンかもしれません。今会場に来たりYouTubeや検索エンジンやオークションやSNSを駆使できる人たちは非常に恵まれた環境でShoyanの音楽を考察できる幸せなNEWファンなのだなって、心の底から安堵して羨ましく思います。
私みたいな思いはして欲しくないの。
音楽は楽しさがデフォで!
っと、脱線しましたが戻ります^^;
Shoyan曰く
・平成って貴重な時期だったかも。
色んな転換期だった。
と、意味深いお言葉でした。
メンバー紹介に続き、『北国列車』。
客席を照らすライトが綺麗。
でも♪ルーンルルンの音がなんだかビミョー^^;
クチが回っていない感。
絡まっている。
これも仙台の3割くらいしか出ていないんじゃないか?と不安になる。
なんか、、こんなだったっけか?と(悲)。
バックコーラスは素敵、でもそれに乗るはずのShoyanの歌は霞んで聴こえない。もうホール向きじゃないのかも?今年これからのツアー完走出来るのかな。と目の前が少し暗くなった。
西海氏がまた聞き覚えのないフレーズをお弾きになったような気がした。
続く『冬京』もイントロのD45の音が全く聴こえない。ちゃんと弦を押さえていないのかなって不安になる。途中ハモニクス入れたりして逸らそうとしてる?ボーカルも一本筋が通っていない、間奏もまたちゃんと音が出ていない(※これは後日岐阜公演を経たら、届いていないだけなのかもしれないと思いましたが)
全然伝わってこない、カッコよさは反対のベクトルで、語尾もグダってる、リードも何が言いたいのか・適当にさえ思える(泣。音もまた半分も出ていない、それで延々と何をか言わんや・・・
※ここまで書いてきて胸が痛い。
『雨の物語』
準氏のモニョる鍵盤、
Shoyanの「♪小さく見えて」のささやき、
オリジナルな岩井さんの丁寧なBass、
丸山氏の弓運びの静けさ・・・泣ける。
アウトロ〜のShoyanのギターソロはやはり聴こえづらく、ドラムが被ってD45の音は沈んだまま。
でも、アップストロークでバリっと引き上げればそれは突然の雷鳴。さわさわとしたストロークで続ければ雨量は上がる、準氏のエレピと丸山氏のチェロで夜は更けゆく・・・
安堵(T_T)。会場からも今日一番の拍手。
これが聴けてよかった。
LLに持ち替えて『22才の別れ』。
ここでShoyanの高い声が出てきていい感じ。
岩井さんのシャラリとしたフォローがあるけれど、Shoyanのギターを弾く量は半分になったのかなと思った。経年現実の22才、ギターという相棒との世界が小さくなって遠くなってしまったのかなという現実を痛感した。
続けてMCでは風の音楽変遷と久保やんの思い出話。「ボクは根は明るいけれど暗いポーズをとる癖があって・・・」と興味深いお話。
久保やんは(ステージで)緊張するので、隣を見たら遠い目をしていた時があった・というようなお話も絵で浮かんでしまって面白かった。
『月が射す夜』では歌う前に何かクチに入れて包み紙を捨てたように見えたけど、のど飴的なものを口入れたまま歌えるのかな??やはり調子が良くなかったのだろうか。
市川公演でそんなに疲れてしまったの?
いつもより少し猫背かな。
札幌公演大丈夫かな、と、胸が痛くなる。
見渡すと客層はフォークファンの方々が圧倒的に多いような気がする。
周りの人達が手拍子をしていなかった。
私の座った14列すべて…(´・ω・`)No
この曲では今回シンセがバリバリ効かせてドラムは走り気味だし、Shoyanの声は完全に全く聴こえなくなり、岩井さんのBassは静かだし、客席は引き続きサワサワ〜っとしていた。
『通り雨』もドラムの炸裂賑やかでなんも聴こえなくて残念。Shoyanは歌えてるっぽいのだが全体通してどこか違和感のステージだった。
※今思うと、のちの岐阜公演との大きな違いってなんだろうと、本当に謎です。
MCでは
「風は風のように始まって風のように終わって掴みどころなかったようだったけれど、いい時間を過ごせた、いらしてくれるみなさんのおかげです」
的なことを仰っていた。
『なごり雪』
歌い出しからして不安定。
正直言いまして今まで不安定なステージは幾度かあったけれど、なごり雪が崩れたことはかつて今まで一度もなかった。でも、この時、なごり雪は落ちる前にとけてしまっていた。
今、来る時が来て、これが精一杯MAX。これからは自分もそれに合わせよう、私はもう大人だ。と。
これ、次回も聴きに行こうと思う人いるのかな。
「もういいや」
と、思うかな、と・・・。
アンコールの『ささやかなこの人生』も立てなかった。音域も広い、ホールも大きすぎる気がした。歌い終わって客席から指笛が聴こえた。盛り上がってるのかも?でも帰る人がたくさんいた。
なんか、Shoyan、守護霊がひとり離れてしまったのてはないか^^; くらいの感触につつまれる。
『海風』のハモニクスはやたらといい音で目が覚める。さすがT’sT。
ところが、ここでもShoyanはイヤモニがおかしいのか、かつてないほどに歌が先走ってテンポがズレる。サウンドは終始ドンドコしていて花火大会みたいな派手な感触だった。
岩井さんの的確なオトナのノリと準氏のグリッサンドからの絶妙なアゲサゲにクラクラする。準氏の音が入ると都会の景色も織り込まれて海風の風景に奥行きが出る。
他細かいことは割愛^^;
歌い終わってのラストのMCでは
「平成から大正生まれの方々までありがとうございました」
「歌っていうのはずっとその人の心のなかに残るものだから、歌が青春そのものだと思います」
というようなことをおっしゃっていた。
拍手の中、必死に歌う『君と歩いた青春』。
イントロの音も聴こえない。
丸山氏のチェロが切なくて、失うものが多くて涙が出る。Shoyanの一生懸命さは伝わる、だから届いてこないのが余計に切ない。
♪愛していたんだ・・・
♪愛しているんだろう・・・
この二極で私の方位磁針はグルグルと迷子なのでした(涙)。
・・・
直前の山形の匂うような旅小文に余裕と充実を感じて期待していましたが、私はこの日のなごり雪を聴いて目の当たりにして、もうこれからは本当のことを書くのは辞めよう、そしてこれからのShoyanにはただステージの上に立って元気”そう”な姿だけ見せてくれたらもうそれだけで充分だ、眺めるだけのものにしよう、と考え方を改めました。
だから、この川口のステージのことは書かないで封印しようと思っていました。
だけど今、こうしてまたイタイタしい想いを書き連ねているのは・・・
岐阜の公演が素晴らしかったからです。
「歌ってくれているだけで充分感動です」
って思う気持ちも正直ある。
実際こういう捉え方が正解なのかもしれない。
けど、でも、もし伊勢正三氏が今でも・これからもプロのミュージシャンとしてステージにお立ちになるのなら、そんな”介護の拍手”は逆に失礼だと思ったのです。
だから、私は今しばらくはまだ、クソ生意気で空気の読めないシロウトファンとして、この数十年と同じスタンスでLIVEや曲の感想を書いていきたいと思いました。血の涙流しながら(笑)。
岐阜のステージを観てから決める・というのはそういうことでした。
(もういい加減ヤメレ・と言われるかもですが(笑))
・・・
でもShoyan、実際出来ないときもこれから増えて行くと思います。私などまだ60歳手前なのに指はばね指へパーデン、目も筋肉・記憶も衰えて日々息も絶え絶えです。なのに17歳も年上のShoyanが今こんなにパワフルにステージをこなされているのは相当の現実だと思います。それがムラになったり届かなくなったりすることはごく自然で当然のことだと理解しています。音響と続いた日程と酷暑も関係していたかもしれません。
だから、無理だけはしないで、、、本当にご無理だけはなさらないで、マイペースで、利用できるものはすべて利用されて、なりふり構わず!?ご自身のやりたい音楽を全うしていただきたいと末席で待っております。
自己中心的な衝動でこんな勝手なことを長々書いてしまいました。
読んで不快に思われる方多いと思います。
ご容赦下さい。
でも私はまた次のステージをとても楽しみにしているのです。
Shoyan、今日も歌っていてくれてアリガトウ。
またどこかで待っています!
七氏
あらかじめご容赦ください。
☆風、動く Tour 2026
伊勢正三&風の楽団 START UP!!
2026年7月20日(月祝 海の日)
開場16:30 開演17:00
川口総合文化センター・リリア
フカガワホール
エキチカ・・・と言うよりは駅そのものとも言える近さのホールに感激。梅雨最終の猛暑酷暑で湿度も高く、もんわりと纏わりつく空気の中新宿から電車で伺いました。
☆曲目
0.イントロダクション~古都
(インストゥルメンタル演奏)
1.ほおづえをつく女
(インストゥルメンタル演奏)
1.ほおづえをつく女
2.地平線の見える街
3.海岸通
4.あいつ
5.星空
6.あの唄はもう唄わないのですか
7.北国列車
8.冬京
7.北国列車
8.冬京
9.雨の物語
10.22才の別れ
11.月が射す夜
12.通り雨
13.なごり雪
~アンコール
14.ささやかなこの人生
~アンコール
14.ささやかなこの人生
15.海風
16.君と歩いた青春
※初回の仙台から比べると曲数の他に曲順も変わっていました。
☆バックミュージシャン(敬称略)
Pf&Key 佐藤準
☆開演※初回の仙台から比べると曲数の他に曲順も変わっていました。
☆バックミュージシャン(敬称略)
Pf&Key 佐藤準
Cello 丸山朋文
Key 栗尾直樹
Key 栗尾直樹
Drums 大久保敦夫
Guiter 岩井眞一
Guiter 岩井眞一
Guiter 西海孝
※丸山さんや岩井さんがE Bassも弾かれていました。
※丸山さんや岩井さんがE Bassも弾かれていました。
開演前、席について待っている間に、手元のメモにいつも日付や会場名などを書いておくのだけど、メチャ丁寧な字で書いてあって、その日の自分の期待と高揚が感じられて読み返して憐れで涙が出た。
オープニングの風当時のスケジュールの羅列に、ツアーにレコーディングにラジオに・・と拝見すれば当時のShoyanたちはどれだけ働いていたのだろう、って慄く。好きだから苦にならなかったのかな?きっとそれが当たり前の世界で、若さに客観なんて必要なかったのだろうなって想像しながら数々の写真をサラッと見流してみる。
どうだろう、隣りに座っている家人は当時を思い出して楽しめているかな?と気にかけながら『ほおづえをつく女』が始まって胸が高鳴る・・・
のだが、
エレキの最初の一音から音が外れた。
音は割れて耳鳴りが酷い。
なんだどうした!?と爆音の中で、入れ込みすぎなのか?と目を凝らす。
低い声は出ているけれど、Shoyanがなんだか仙台の時と違う。魔法がとけるレベルで見た目さえ違う。
声が埋もれて聴こえない。
(それは音響のせいかもしれないけれど)
岩井さんのエレキの合の手は万全。
でもShoyanはやたら入れ込んでいる(ように見える)間奏のエレキもニヤっとしながら弾いている(ように見える)。
けれど語尾の音程はあやふや、不穏すぎて血の気が引いた。
続けてドラムのカウントからの『地平線の見える街』ではジョリッとしたギブソンの音もカッコ良く、会場も手拍子が湧く。客席も喜んでいる。間奏でちょっとぴょんぴょんと跳ねるShoyan。調子は悪くなさそう?息も継ぎ継ぎで歌えている感じ。なのだけど・・・やはり声は聴こえない。歌詞で脳内再生される。もったいない。
岩井さんの12弦がまた凄く丁寧に仕事をされていて感激。
挨拶に続くMCでは
・3年という短かった風。
・50年経ってみなさんとその歴史を紐解けることを幸せに思います。
・僕もあなたも若かった、何もコワくなかったw
・じわじわと盛り上げていきたい。
というような感じでした。
相変わらずの黒のいでたちはカッコ良く、傍らでキーボードを弾きながら時々手でサングラスを直す準氏にも萌えておりました♪
MC
・風は22才の別れがデビューなのかな・・
僕としてはタクローさんとやったつま恋で2・3曲やったのが風の結成なのかなと思っています。
・22才の別れはかぐや姫のアルバムに入っていたから、風はこの曲から・・・と『海岸通』。
※でも海岸通って風のシングルではないですよね。その捉え方が興味深いです。
イントロやソロフレーズは西海氏。
今日のShoyanのボーカルは四分の一音下がってる。
でも語り歌いの部分はイイ。
この歌いつからこういう歌い方になった??
ボーカルの熱は去年の鎌倉公演の時の3割くらいかな、気が抜けたのかな、なんて書いてある。
ピックを使わないで爪でのストロークにグッと来る。
客席からの拍手は歴然とさわさわしたものになった。
丸山氏のチェロと西海氏のギターで『あいつ』。
ここまで準チャンの影が薄くて(優しくて)もどかしい。
シンセStとチェロがやっぱりかぶって聴こえる(聴こえない)。
Shoyanのボーカルも声を張り上げているけどパワー不足。
西海氏のギターだけが輝いていた。
丸山氏のチェロが全然聴こえなくて腹が立つ。
ちょっと散漫な印象のステージだった。
(なんて乱暴な文章なんだ^^;)
♪スリー・フォーの『星空』もなんとなく『ほおづえをつく女』の入れ込みを引きづっているのか逆に凹んでしまった感じ。
『あの唄はもう唄わないのですか』では重厚濃厚な丸山氏のチェロとソリッドビビッドな準氏のピアノで確実。2番からは更にシネマチックに盛り上げてくれる丸山氏のチェロは最高です。
間奏のチェロとピアノの音が違う楽器の音で胸内再生されてチョット満悦なのでした。
Shoyanはなんだかとても一生懸命・必死に臨まれていて、その全力以上の絶え絶えさが前面に出てきてしまっている気がしていた。
ここでMCでは
・風の歌ばかりやります
・たまには雪・雨も!?
・懐かしいあの頃を・・・
・時々僕がつまらない話をしながら(笑)休憩しながら♪
とここで、客席に年代アンケート。
60年代の方々50年代〜と、その中で「平成9年だよー」という声にShoyan「嬉しいなぁー」と♪
実際私も知り合いになった某青年が見事な平成生まれであります。でも、なんの隔絶もズレもなく逆に言わなくてもわかるフィーリングでShoyanの音楽を語れます。
思い返すと、、、私くらいの年代が一番孤独で隔離されてた伊勢正三ファンかもしれません。今会場に来たりYouTubeや検索エンジンやオークションやSNSを駆使できる人たちは非常に恵まれた環境でShoyanの音楽を考察できる幸せなNEWファンなのだなって、心の底から安堵して羨ましく思います。
私みたいな思いはして欲しくないの。
音楽は楽しさがデフォで!
っと、脱線しましたが戻ります^^;
Shoyan曰く
・平成って貴重な時期だったかも。
色んな転換期だった。
と、意味深いお言葉でした。
メンバー紹介に続き、『北国列車』。
客席を照らすライトが綺麗。
でも♪ルーンルルンの音がなんだかビミョー^^;
クチが回っていない感。
絡まっている。
これも仙台の3割くらいしか出ていないんじゃないか?と不安になる。
なんか、、こんなだったっけか?と(悲)。
バックコーラスは素敵、でもそれに乗るはずのShoyanの歌は霞んで聴こえない。もうホール向きじゃないのかも?今年これからのツアー完走出来るのかな。と目の前が少し暗くなった。
西海氏がまた聞き覚えのないフレーズをお弾きになったような気がした。
続く『冬京』もイントロのD45の音が全く聴こえない。ちゃんと弦を押さえていないのかなって不安になる。途中ハモニクス入れたりして逸らそうとしてる?ボーカルも一本筋が通っていない、間奏もまたちゃんと音が出ていない(※これは後日岐阜公演を経たら、届いていないだけなのかもしれないと思いましたが)
全然伝わってこない、カッコよさは反対のベクトルで、語尾もグダってる、リードも何が言いたいのか・適当にさえ思える(泣。音もまた半分も出ていない、それで延々と何をか言わんや・・・
※ここまで書いてきて胸が痛い。
『雨の物語』
準氏のモニョる鍵盤、
Shoyanの「♪小さく見えて」のささやき、
オリジナルな岩井さんの丁寧なBass、
丸山氏の弓運びの静けさ・・・泣ける。
アウトロ〜のShoyanのギターソロはやはり聴こえづらく、ドラムが被ってD45の音は沈んだまま。
でも、アップストロークでバリっと引き上げればそれは突然の雷鳴。さわさわとしたストロークで続ければ雨量は上がる、準氏のエレピと丸山氏のチェロで夜は更けゆく・・・
安堵(T_T)。会場からも今日一番の拍手。
これが聴けてよかった。
LLに持ち替えて『22才の別れ』。
ここでShoyanの高い声が出てきていい感じ。
岩井さんのシャラリとしたフォローがあるけれど、Shoyanのギターを弾く量は半分になったのかなと思った。経年現実の22才、ギターという相棒との世界が小さくなって遠くなってしまったのかなという現実を痛感した。
続けてMCでは風の音楽変遷と久保やんの思い出話。「ボクは根は明るいけれど暗いポーズをとる癖があって・・・」と興味深いお話。
久保やんは(ステージで)緊張するので、隣を見たら遠い目をしていた時があった・というようなお話も絵で浮かんでしまって面白かった。
『月が射す夜』では歌う前に何かクチに入れて包み紙を捨てたように見えたけど、のど飴的なものを口入れたまま歌えるのかな??やはり調子が良くなかったのだろうか。
市川公演でそんなに疲れてしまったの?
いつもより少し猫背かな。
札幌公演大丈夫かな、と、胸が痛くなる。
見渡すと客層はフォークファンの方々が圧倒的に多いような気がする。
周りの人達が手拍子をしていなかった。
私の座った14列すべて…(´・ω・`)No
この曲では今回シンセがバリバリ効かせてドラムは走り気味だし、Shoyanの声は完全に全く聴こえなくなり、岩井さんのBassは静かだし、客席は引き続きサワサワ〜っとしていた。
『通り雨』もドラムの炸裂賑やかでなんも聴こえなくて残念。Shoyanは歌えてるっぽいのだが全体通してどこか違和感のステージだった。
※今思うと、のちの岐阜公演との大きな違いってなんだろうと、本当に謎です。
MCでは
「風は風のように始まって風のように終わって掴みどころなかったようだったけれど、いい時間を過ごせた、いらしてくれるみなさんのおかげです」
的なことを仰っていた。
『なごり雪』
歌い出しからして不安定。
正直言いまして今まで不安定なステージは幾度かあったけれど、なごり雪が崩れたことはかつて今まで一度もなかった。でも、この時、なごり雪は落ちる前にとけてしまっていた。
今、来る時が来て、これが精一杯MAX。これからは自分もそれに合わせよう、私はもう大人だ。と。
これ、次回も聴きに行こうと思う人いるのかな。
「もういいや」
と、思うかな、と・・・。
アンコールの『ささやかなこの人生』も立てなかった。音域も広い、ホールも大きすぎる気がした。歌い終わって客席から指笛が聴こえた。盛り上がってるのかも?でも帰る人がたくさんいた。
なんか、Shoyan、守護霊がひとり離れてしまったのてはないか^^; くらいの感触につつまれる。
『海風』のハモニクスはやたらといい音で目が覚める。さすがT’sT。
ところが、ここでもShoyanはイヤモニがおかしいのか、かつてないほどに歌が先走ってテンポがズレる。サウンドは終始ドンドコしていて花火大会みたいな派手な感触だった。
岩井さんの的確なオトナのノリと準氏のグリッサンドからの絶妙なアゲサゲにクラクラする。準氏の音が入ると都会の景色も織り込まれて海風の風景に奥行きが出る。
他細かいことは割愛^^;
歌い終わってのラストのMCでは
「平成から大正生まれの方々までありがとうございました」
「歌っていうのはずっとその人の心のなかに残るものだから、歌が青春そのものだと思います」
というようなことをおっしゃっていた。
拍手の中、必死に歌う『君と歩いた青春』。
イントロの音も聴こえない。
丸山氏のチェロが切なくて、失うものが多くて涙が出る。Shoyanの一生懸命さは伝わる、だから届いてこないのが余計に切ない。
♪愛していたんだ・・・
♪愛しているんだろう・・・
この二極で私の方位磁針はグルグルと迷子なのでした(涙)。
・・・
直前の山形の匂うような旅小文に余裕と充実を感じて期待していましたが、私はこの日のなごり雪を聴いて目の当たりにして、もうこれからは本当のことを書くのは辞めよう、そしてこれからのShoyanにはただステージの上に立って元気”そう”な姿だけ見せてくれたらもうそれだけで充分だ、眺めるだけのものにしよう、と考え方を改めました。
だから、この川口のステージのことは書かないで封印しようと思っていました。
だけど今、こうしてまたイタイタしい想いを書き連ねているのは・・・
岐阜の公演が素晴らしかったからです。
「歌ってくれているだけで充分感動です」
って思う気持ちも正直ある。
実際こういう捉え方が正解なのかもしれない。
けど、でも、もし伊勢正三氏が今でも・これからもプロのミュージシャンとしてステージにお立ちになるのなら、そんな”介護の拍手”は逆に失礼だと思ったのです。
だから、私は今しばらくはまだ、クソ生意気で空気の読めないシロウトファンとして、この数十年と同じスタンスでLIVEや曲の感想を書いていきたいと思いました。血の涙流しながら(笑)。
岐阜のステージを観てから決める・というのはそういうことでした。
(もういい加減ヤメレ・と言われるかもですが(笑))
・・・
でもShoyan、実際出来ないときもこれから増えて行くと思います。私などまだ60歳手前なのに指はばね指へパーデン、目も筋肉・記憶も衰えて日々息も絶え絶えです。なのに17歳も年上のShoyanが今こんなにパワフルにステージをこなされているのは相当の現実だと思います。それがムラになったり届かなくなったりすることはごく自然で当然のことだと理解しています。音響と続いた日程と酷暑も関係していたかもしれません。
だから、無理だけはしないで、、、本当にご無理だけはなさらないで、マイペースで、利用できるものはすべて利用されて、なりふり構わず!?ご自身のやりたい音楽を全うしていただきたいと末席で待っております。
自己中心的な衝動でこんな勝手なことを長々書いてしまいました。
読んで不快に思われる方多いと思います。
ご容赦下さい。
でも私はまた次のステージをとても楽しみにしているのです。
Shoyan、今日も歌っていてくれてアリガトウ。
またどこかで待っています!
七氏
プロフィール
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女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
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