Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。Shoyan的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。 管理者∶No Name 七氏−1.0
"他の誰かを好きになっていいの"?
!
またもや彼女のセリフ斬りで袈裟懸けにされる悶絶!
誰よりも愛している彼女からこんなこと言われて(目で訴えかけられて)この彼、どんなリアクションしているのだろう?
ちょっと不機嫌そうに口をへの字に曲げて目線を逸らせても、内心では今すぐ路地の壁に抱き倒したいほどの衝動を熱く握りしめているでしょう。
(これが疑問形なのではなく、もしくは"あなたは他の誰かを好きになってもいいの(よ)"という突き放しの可能性も含めて)
互いに滅茶苦茶愛していて、好き過ぎて思い詰めすぎていて逆に相手に想いが伝わっていないこの状況が、非常にShoyanの歌らしくて好きだ。この悶絶、もどかしさ、キレキレである。彼女の意識していない翻弄もまたShoyanの歌の王道。
♪逢いたくて逢いたくて今日まで
ずっとこの日を待ち続けた
♪今でも誰よりも君が好き
そんなに久しぶりの邂逅なのに、一旦背を向けて振り向きざまに彼を試すような彼女の態度は・・・
どんな理由でこの二人が離れていたかわからないけれど、未だ熱いフライパンに落ちた水滴みたいに、じれったく一つになれないでジリジリしている感じが当時の歌らしいと想う。彼の方では”逢いたくて逢いたくて”と待ち続けていたこの機会でも、彼女の方ではその時間は”放っておかれた”なんてワザと想ってみたりして、拗ねたような気持ちを手間かけて解いて欲しいと思っているのかな。
互いの一途さが拗れた感じがタマラナイのです。
・・・
1995年、池田聡氏とのISという限定ユニットの曲とは言え、これは伊勢正三が濃ゆい一曲だとずっと想ってきました。
ほぼギターだけの伴奏にShoyanのシリアスな声。
甘いのに冷たい声。
マイナーでそっけないのに畳み掛けるメロディ。
そんなシチュエーションで
♪君の髪が濡れたままで
冷たいほど愛しさは募る・・・
なんて歌われてしまうと膝から崩れ落ちそうになる。
罪の塊のようなヴォーカルだ。
この頃の熟れて艶のあるShoyanの声でこのシンプルなアプローチは、常識の防弾ガラスさえ突き破りそうなインパクトでした。
池田聡氏の甲高い非日常的なコーラスが入って我に返るけど、そうでなきゃギターのシックなアルペジオにくすぐられてこのShoyanの声の密室から永遠に抜け出せなくなるでしょう。ある意味キケンな歌であります。
・・・
♪愛することの他には何も
出来なくしてくれてもいい
とは・・・
そもそも私もあなたも、愛することしか取り柄のない者同士なのだ。
もの凄い決意のようだけれど、愛することの他に出来ることに意味があるのだろうか? 歌うことも怒ることも食べることも根底は愛だよ・って匂わせてくれている気がする(愛)。
雨音に包まれているのにまだひとつじゃない二人。
背中や髪や唇、立てる襟は外見だ。
心の中はどうなの?
この後、この恋の雨の中を歩き疲れて静かな褥に倒れ臥す時、そこは果たして独りなの?二人なの?と、またもどかしい。
「君が好き」と意識的に伝える言葉は、眠る=無意識下では自覚出来ないことだから彼は焦っているのかもしれない。本当は焦らなくてもいいのに・・・
いつか
静かな雨音に目覚めたら
心が繋がって同期しているって気付くのに。
振り向いて動いた唇は
声にならない想いの発露だったかもしれず・・・
同じ雨でもこの歌における雨は緊張感と揺らぎの風景だ。
四半世紀経ってみてまたこんな雨の歌が懐かしい。
直情的で色っぽいのにウブな感じもまたShoyanの歌の振り幅の一端だと、毎年新鮮な気持ちで聴いている一曲です。
※蛇足
ISという企画は池田聡氏側主導だった(と思う)ので、当時情弱な伊勢正三ファンの私が知ったときにはもうライブのチケットは売り切れていました。本当に悔しくて、そういう情報の偏りに多々悲しい思いをしたものです。そういうやるせなさもこの歌は含んでいます。
この頃ご出演になったラジオで、Shoyanが使用したギターについて(D45だったか?)
「事務所の倉庫にしまいっぱなしにしてあって、カビだかサビだらけのヤツを引っ張り出してきて録音した」
というようなことをおっしゃっていました^^;
あんなに良い音なのにそんなリアルなの!?と苦笑したものです。
Shoyanらしい放置事案だなと思います。
「他の誰かに弾かれてもいいの?」
と、Martinたちが言っていたかもしれませんね(*´ω`)。
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またもや彼女のセリフ斬りで袈裟懸けにされる悶絶!
誰よりも愛している彼女からこんなこと言われて(目で訴えかけられて)この彼、どんなリアクションしているのだろう?
ちょっと不機嫌そうに口をへの字に曲げて目線を逸らせても、内心では今すぐ路地の壁に抱き倒したいほどの衝動を熱く握りしめているでしょう。
(これが疑問形なのではなく、もしくは"あなたは他の誰かを好きになってもいいの(よ)"という突き放しの可能性も含めて)
互いに滅茶苦茶愛していて、好き過ぎて思い詰めすぎていて逆に相手に想いが伝わっていないこの状況が、非常にShoyanの歌らしくて好きだ。この悶絶、もどかしさ、キレキレである。彼女の意識していない翻弄もまたShoyanの歌の王道。
♪逢いたくて逢いたくて今日まで
ずっとこの日を待ち続けた
♪今でも誰よりも君が好き
そんなに久しぶりの邂逅なのに、一旦背を向けて振り向きざまに彼を試すような彼女の態度は・・・
どんな理由でこの二人が離れていたかわからないけれど、未だ熱いフライパンに落ちた水滴みたいに、じれったく一つになれないでジリジリしている感じが当時の歌らしいと想う。彼の方では”逢いたくて逢いたくて”と待ち続けていたこの機会でも、彼女の方ではその時間は”放っておかれた”なんてワザと想ってみたりして、拗ねたような気持ちを手間かけて解いて欲しいと思っているのかな。
互いの一途さが拗れた感じがタマラナイのです。
・・・
1995年、池田聡氏とのISという限定ユニットの曲とは言え、これは伊勢正三が濃ゆい一曲だとずっと想ってきました。
ほぼギターだけの伴奏にShoyanのシリアスな声。
甘いのに冷たい声。
マイナーでそっけないのに畳み掛けるメロディ。
そんなシチュエーションで
♪君の髪が濡れたままで
冷たいほど愛しさは募る・・・
なんて歌われてしまうと膝から崩れ落ちそうになる。
罪の塊のようなヴォーカルだ。
この頃の熟れて艶のあるShoyanの声でこのシンプルなアプローチは、常識の防弾ガラスさえ突き破りそうなインパクトでした。
池田聡氏の甲高い非日常的なコーラスが入って我に返るけど、そうでなきゃギターのシックなアルペジオにくすぐられてこのShoyanの声の密室から永遠に抜け出せなくなるでしょう。ある意味キケンな歌であります。
・・・
♪愛することの他には何も
出来なくしてくれてもいい
とは・・・
そもそも私もあなたも、愛することしか取り柄のない者同士なのだ。
もの凄い決意のようだけれど、愛することの他に出来ることに意味があるのだろうか? 歌うことも怒ることも食べることも根底は愛だよ・って匂わせてくれている気がする(愛)。
雨音に包まれているのにまだひとつじゃない二人。
背中や髪や唇、立てる襟は外見だ。
心の中はどうなの?
この後、この恋の雨の中を歩き疲れて静かな褥に倒れ臥す時、そこは果たして独りなの?二人なの?と、またもどかしい。
「君が好き」と意識的に伝える言葉は、眠る=無意識下では自覚出来ないことだから彼は焦っているのかもしれない。本当は焦らなくてもいいのに・・・
いつか
静かな雨音に目覚めたら
心が繋がって同期しているって気付くのに。
振り向いて動いた唇は
声にならない想いの発露だったかもしれず・・・
同じ雨でもこの歌における雨は緊張感と揺らぎの風景だ。
四半世紀経ってみてまたこんな雨の歌が懐かしい。
直情的で色っぽいのにウブな感じもまたShoyanの歌の振り幅の一端だと、毎年新鮮な気持ちで聴いている一曲です。
※蛇足
ISという企画は池田聡氏側主導だった(と思う)ので、当時情弱な伊勢正三ファンの私が知ったときにはもうライブのチケットは売り切れていました。本当に悔しくて、そういう情報の偏りに多々悲しい思いをしたものです。そういうやるせなさもこの歌は含んでいます。
この頃ご出演になったラジオで、Shoyanが使用したギターについて(D45だったか?)
「事務所の倉庫にしまいっぱなしにしてあって、カビだかサビだらけのヤツを引っ張り出してきて録音した」
というようなことをおっしゃっていました^^;
あんなに良い音なのにそんなリアルなの!?と苦笑したものです。
Shoyanらしい放置事案だなと思います。
「他の誰かに弾かれてもいいの?」
と、Martinたちが言っていたかもしれませんね(*´ω`)。
プロフィール
HN:
No Name 七氏−1.0
Webサイト:
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
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