Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。伊勢正三的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。
ケイ・ウンスク氏が歌う『雨の日には訪ねて』は、自分で音楽誌を片っ端から見て、調べて聴いた歌だったから想い出深い。90年代中頃まではネットもまだ普及していなくて、新譜情報は自分で毎月活字を追うしかなかった。
今はネットで何でも揃って、椅子に座ってオークションやフリマサイトでも探せばキーワードひとつで欲しいものを知る事が出来るし、お金さえ出せば古いものでも希少なものでも手に入る。映像だって音源だってみんなYoutubeにある。でもその分喜びも少し薄い気がするし、知らない人がアップロードした正やんの映像や情報なんて、自分のものじゃないじゃん!てひねくれたりする(笑)。
世の中がそうなってから逆にそういうのが煩わしくなり、色々サーチしないで話題に遅れている自分です。ひたすら引き籠っているワケです。
・・・っと、脱線しましたが、
この歌、時々引っぱりだしてきては無性に聴きたくなる。自編の雨Best二枚目に『雨の日のイントロ』と共に入っている。
Shoyanの解放された雨遣いの魔法に、吉川忠英氏のメチャ垢ぬけたガットギターの刻みと国吉良一氏のBossaアレンジ&アコスティックなピアノが相まって、非常に高尚な、品のある一曲になっていると思う。
愛の歌でもなく、恋の歌でもなく、哲学的というか、人の感情って水のようで、流動的で翻弄されるものだってサラりと記されている。
雨は何?
気まぐれな男心?自分の心に出来た染み?肩を濡らすサミシサ?今でも二人を繋ぎとめるもの?
変幻自在に例えに遣われる雨の行方が、聴く者の胸の隙間に吹きこんでくる。恋の懐かしさを知る者には、特にその冷たさに熱を感じてしまうほどで、やめられなくなる・・・
伊勢正三という人ほど"雨"の正体に探求を重ねているアーチストは他にいないのでは?と思うのだ。代表曲が『なごり雪』だから、雪の人では?と思うかもしれないけれど、雪以前の「雨」から始まっているその自然現象と、人の「心」の発生理由をきっとShoyanは重ねて何かを見出そうとされているのではないだろかと思っている。ソコガスキデス。
今はネットで何でも揃って、椅子に座ってオークションやフリマサイトでも探せばキーワードひとつで欲しいものを知る事が出来るし、お金さえ出せば古いものでも希少なものでも手に入る。映像だって音源だってみんなYoutubeにある。でもその分喜びも少し薄い気がするし、知らない人がアップロードした正やんの映像や情報なんて、自分のものじゃないじゃん!てひねくれたりする(笑)。
世の中がそうなってから逆にそういうのが煩わしくなり、色々サーチしないで話題に遅れている自分です。ひたすら引き籠っているワケです。
・・・っと、脱線しましたが、
この歌、時々引っぱりだしてきては無性に聴きたくなる。自編の雨Best二枚目に『雨の日のイントロ』と共に入っている。
Shoyanの解放された雨遣いの魔法に、吉川忠英氏のメチャ垢ぬけたガットギターの刻みと国吉良一氏のBossaアレンジ&アコスティックなピアノが相まって、非常に高尚な、品のある一曲になっていると思う。
愛の歌でもなく、恋の歌でもなく、哲学的というか、人の感情って水のようで、流動的で翻弄されるものだってサラりと記されている。
雨は何?
気まぐれな男心?自分の心に出来た染み?肩を濡らすサミシサ?今でも二人を繋ぎとめるもの?
変幻自在に例えに遣われる雨の行方が、聴く者の胸の隙間に吹きこんでくる。恋の懐かしさを知る者には、特にその冷たさに熱を感じてしまうほどで、やめられなくなる・・・
伊勢正三という人ほど"雨"の正体に探求を重ねているアーチストは他にいないのでは?と思うのだ。代表曲が『なごり雪』だから、雪の人では?と思うかもしれないけれど、雪以前の「雨」から始まっているその自然現象と、人の「心」の発生理由をきっとShoyanは重ねて何かを見出そうとされているのではないだろかと思っている。ソコガスキデス。
特に二番が好き。
フレーズのひとつひとつが今は実感込めて聴ける。
♪常識と非常識の すれすれのあたり
あなたは行ったり来たりするけど
誰もが日常壊せなくて
もがいているのよ
この目線、アヤウサこそが花だと思うワタシには意を得たりなフレーズなのだ。フツーが一番、協調が大事、みんなそう言うけど、そうじゃないものにナゼ惹かれる?
この歌を最初に聴いた頃は思いもよらなかったけど、思いがけず日常を壊してみた後で今聴けば、Shoyanが見ていた側に飛び込めたような気がして嬉しくもあるし、また新しい"日常"との闘いの連続なのだなとも思う。
♪一度は傷ついて そんなときなぜか
自分の生き方に戻れるわ・・・
他者と付き合って愛し合って傷つけあうその触れ合いは、自分を一人ではなくしていく。関わりあう沢山の他人の引力に自分というものが引っ張られ、摩耗して揺らいで見失っていく。コトの終わりとは深手を負ったりボロボロになったりするものだけど、でも赤剥けた自分の芯だけになった時、すべてのものが目の前から消えて遠くが見えたりする。
そしていつかやっぱり、懐かしい面影が、その後姿が、風化もせずに佇んでいるのが見えたら、聴こえなくても手を振りたくなる。
私の街で降る雨が、あなたの街に辿り着く頃、その気配にフッと想い出してね、、、って。
・・・
もし出来たなら、ケイ・ウンスク氏のカスレ声じゃなくて、いつかShoyanご自身の甘い声で聴いてみたいと思っていたけれど、Re-bornではそれに近い現象が起きたのでまぁ、、いいかナ?(*´ω`)デモイツカキキタイデス
今の自分をやっと愛せるようになって、
抱きしめてもらいたい時に聴く歌。
冷たい雨の日だからこそ、
その熱い遠隔抱擁に気付けるのだ。
フレーズのひとつひとつが今は実感込めて聴ける。
♪常識と非常識の すれすれのあたり
あなたは行ったり来たりするけど
誰もが日常壊せなくて
もがいているのよ
この目線、アヤウサこそが花だと思うワタシには意を得たりなフレーズなのだ。フツーが一番、協調が大事、みんなそう言うけど、そうじゃないものにナゼ惹かれる?
この歌を最初に聴いた頃は思いもよらなかったけど、思いがけず日常を壊してみた後で今聴けば、Shoyanが見ていた側に飛び込めたような気がして嬉しくもあるし、また新しい"日常"との闘いの連続なのだなとも思う。
♪一度は傷ついて そんなときなぜか
自分の生き方に戻れるわ・・・
他者と付き合って愛し合って傷つけあうその触れ合いは、自分を一人ではなくしていく。関わりあう沢山の他人の引力に自分というものが引っ張られ、摩耗して揺らいで見失っていく。コトの終わりとは深手を負ったりボロボロになったりするものだけど、でも赤剥けた自分の芯だけになった時、すべてのものが目の前から消えて遠くが見えたりする。
そしていつかやっぱり、懐かしい面影が、その後姿が、風化もせずに佇んでいるのが見えたら、聴こえなくても手を振りたくなる。
私の街で降る雨が、あなたの街に辿り着く頃、その気配にフッと想い出してね、、、って。
・・・
もし出来たなら、ケイ・ウンスク氏のカスレ声じゃなくて、いつかShoyanご自身の甘い声で聴いてみたいと思っていたけれど、Re-bornではそれに近い現象が起きたのでまぁ、、いいかナ?(*´ω`)デモイツカキキタイデス
今の自分をやっと愛せるようになって、
抱きしめてもらいたい時に聴く歌。
冷たい雨の日だからこそ、
その熱い遠隔抱擁に気付けるのだ。
プロフィール
HN:
No Name 七氏
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。
☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!
☆ミラーサイト(予備)
http://shoyanlove774.jugem.jp/
このブログサーバーが落ちて表示されない場合は↑に避難しています。
☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!
☆ミラーサイト(予備)
http://shoyanlove774.jugem.jp/
このブログサーバーが落ちて表示されない場合は↑に避難しています。
検索窓的な♪
☆曲目や記事の内容単語など、ここから検索できます