Nanashiのものろーぐ
こっそり言いたい放題ブログです。伊勢正三的LoveSongの世界に浸るココロミ&more&迷走必至(´∀`) ※無断転載・引用はおことわりいたします。
~さらにつづき
☆『22才の別れ』
いつもは「この曲は試金石」、なんて生意気なことを言ってる私ですが、最近なんだか沁みるんです。ここまできて凄く疲れてきた。縮こまって席に座っているのが辛くなってきた。『22才の別れ』は難しいことを考えなくても聴いていられる、センチメンタルになれる、そう思いながら委ねていた。こんなにフツーの気持ちで聴いていられれば、コンサートってどんなに心地いいものだろうか、と思っていた。
☆『通り雨』
このあたりの曲が始まると客席の拍手も多く、反応が熱いのがわかる。それにしてもキーが高いな、そうかShoyanはハモの人だから違う音程を歌っちゃうのかもしれない・とか、とんでもないことがメモしてある(^^;)。
☆『月が射す夜』『レミングの街』
二重にしたマスクで苦しくてだんだんアタマがぼーっとしてきて、レミングの街の緊張感から乖離し始めた。ステージ上のShoyanは凄く元気で、楽しそうに見えた。「あぁ、正やんが元気で良かった、本当に良かった」って、それだけ思っていた。「とてつもない人だなぁ」って書いてある。
そんなShoyanも熱いパフォーマンスで息切れしたまま
☆『なごり雪』
D45の音がせつない。
久しぶりに、なんだか遠い『なごり雪』。油気が抜けたような霞の向こうのような『なごり雪』だった。
ここまであっという間だったなぁと思った。
ずーっと緊張したままアンコールまで来てしまった。
☆~アンコール
ShoyanはBALR.というブランドロゴ入りの白Tシャツに着替えてメガネも薄茶のような薄ブルーのようなニュアンスカラーのスチールフレームのサングラスに替えてきた。これがまたね、凄くイイんです。ティアドロップよりちょっと細めのヤツで、イヤラシイ感じ(イイ意味で(笑))が非常にヨカッタです。故大林監督みたいね、と思いながら双眼鏡を覗き込んでいた私でした。
「久しぶりのこの曲」と、
☆『ペテン師』
次々に
☆『海風』『ささやかなこの人生』『君と歩いた青春』
と続くが、『君と歩いた青春』は何か違う曲かと思うほどの音程(悲)。いつもはこの歌の客席との一体感に「歩いてない」私は羨ましい疎外感を感じるのだけど、今回はShoyanと一緒に歩いてきた大勢の人たちはここで今何を想うのだろうってあたりを見回したくなった。
MCで
「いつも同じものを共有している人たちと会えば、こんな中(状況?)にも明るいものが見えてくる気がします」というようなことをおっしゃっていた。だがしかし、今日は一体何を共有していただろう?Shoyanが客席に求めている甘えって、こういうものだったっけ?と厳しい気持ちでいた。
そして
☆再アンコールは『涙憶』。
え、長いやん!?と、ここでコレやるん?と、いつもは永遠に続けこの時間よ!と名残の極みになるはずのこのタイミングに、長々と延々と重々しい『涙憶』は逆なバランスだったように思う。でもこれは私のコンディションによる個人的な感じ方なので、感極まっていた方も沢山いらっしゃると思います。文句ばかり書いてごめんなさい。
☆ラスト、Shoyanおひとりだけで『終りのない唄』。
「誰かが聴いていてくれる」のは、その唄が素晴らしいからなのだ。その唄が聴く人にとって必要だから聴きつづけるのだ、少女はその歌に興味があるからその場を離れずにじっと耳を傾けるのだ。それに興味が持てなくなったならば、少女はすぐにそこを立ち上がってママの元へ駆けていってしまうでしょう。
☆『22才の別れ』
いつもは「この曲は試金石」、なんて生意気なことを言ってる私ですが、最近なんだか沁みるんです。ここまできて凄く疲れてきた。縮こまって席に座っているのが辛くなってきた。『22才の別れ』は難しいことを考えなくても聴いていられる、センチメンタルになれる、そう思いながら委ねていた。こんなにフツーの気持ちで聴いていられれば、コンサートってどんなに心地いいものだろうか、と思っていた。
☆『通り雨』
このあたりの曲が始まると客席の拍手も多く、反応が熱いのがわかる。それにしてもキーが高いな、そうかShoyanはハモの人だから違う音程を歌っちゃうのかもしれない・とか、とんでもないことがメモしてある(^^;)。
☆『月が射す夜』『レミングの街』
二重にしたマスクで苦しくてだんだんアタマがぼーっとしてきて、レミングの街の緊張感から乖離し始めた。ステージ上のShoyanは凄く元気で、楽しそうに見えた。「あぁ、正やんが元気で良かった、本当に良かった」って、それだけ思っていた。「とてつもない人だなぁ」って書いてある。
そんなShoyanも熱いパフォーマンスで息切れしたまま
☆『なごり雪』
D45の音がせつない。
久しぶりに、なんだか遠い『なごり雪』。油気が抜けたような霞の向こうのような『なごり雪』だった。
ここまであっという間だったなぁと思った。
ずーっと緊張したままアンコールまで来てしまった。
☆~アンコール
ShoyanはBALR.というブランドロゴ入りの白Tシャツに着替えてメガネも薄茶のような薄ブルーのようなニュアンスカラーのスチールフレームのサングラスに替えてきた。これがまたね、凄くイイんです。ティアドロップよりちょっと細めのヤツで、イヤラシイ感じ(イイ意味で(笑))が非常にヨカッタです。故大林監督みたいね、と思いながら双眼鏡を覗き込んでいた私でした。
「久しぶりのこの曲」と、
☆『ペテン師』
次々に
☆『海風』『ささやかなこの人生』『君と歩いた青春』
と続くが、『君と歩いた青春』は何か違う曲かと思うほどの音程(悲)。いつもはこの歌の客席との一体感に「歩いてない」私は羨ましい疎外感を感じるのだけど、今回はShoyanと一緒に歩いてきた大勢の人たちはここで今何を想うのだろうってあたりを見回したくなった。
MCで
「いつも同じものを共有している人たちと会えば、こんな中(状況?)にも明るいものが見えてくる気がします」というようなことをおっしゃっていた。だがしかし、今日は一体何を共有していただろう?Shoyanが客席に求めている甘えって、こういうものだったっけ?と厳しい気持ちでいた。
そして
☆再アンコールは『涙憶』。
え、長いやん!?と、ここでコレやるん?と、いつもは永遠に続けこの時間よ!と名残の極みになるはずのこのタイミングに、長々と延々と重々しい『涙憶』は逆なバランスだったように思う。でもこれは私のコンディションによる個人的な感じ方なので、感極まっていた方も沢山いらっしゃると思います。文句ばかり書いてごめんなさい。
☆ラスト、Shoyanおひとりだけで『終りのない唄』。
「誰かが聴いていてくれる」のは、その唄が素晴らしいからなのだ。その唄が聴く人にとって必要だから聴きつづけるのだ、少女はその歌に興味があるからその場を離れずにじっと耳を傾けるのだ。それに興味が持てなくなったならば、少女はすぐにそこを立ち上がってママの元へ駆けていってしまうでしょう。
客席でじっと座って聴いているファンは、みんな正やんのことを信じてそこに座っているんだ。伊勢正三の音楽というものを心の底から信じているから待っているんだ…。
そういうことを改めて想いなおす、今までに体験したことのない心境になったバースデイライブでした。
~あとがき
Shoyanのヴォーカルが少々アヤウイことは、この何十年実際今までに何度かあった。でもそれ以上の「音楽の心」みたいなものを感じられたから、いつも納得して満足していた。でも今回は少々どころじゃなかった(涙)、歌やギターの質の現実に音楽の必要性を感じる場面は薄かったように思う。いくら何か月ものブランクがあったにしても、これでは本当に「エンタメは不要不急のもの」ということになってしまう。それがとてもとても残念だ。本当は今こそ一番必要なものなはずなのに…。こんな非常事態の中「あぁ、やっぱり音楽は素晴らしい」って思いたかった・・・。
Shoyanご自身がこれからもこれでいい、これが今の俺なんだ・俺は音楽家じゃない・と思われるのならもうしょうがないことだけれど、もっとやれる・リベンジしたい、と思ってくれるのなら、私は次も聴きに行きたいと思う。Shoyanご本人はまだ新しい歌をお創りになる気もおありなようなので、それもとても楽しみにしている。
次は大分佐伯。故郷の人たち、校歌を歌う子供たち、新しいホールのオープニングの記念公演だという。まっすぐな純粋な聴き手の前で、次のShoyanがどんなパフォーマンスで臨むのか。今回のかつしかを踏み台にしてもいいから、次は、またその次は、と、どうか本来の伊勢正三に少しづつでも戻っていけるように、この"コロナブランク"を諦めないで挑んで欲しいと思います。
今回家族の反対・友人の心配と励まし・自分の命の選択、重いことばかりが関わった中で決めたライブ参加は、行ったその現場では後悔しかなかったが、今こうして想いをまとめればつくづく行ってよかったと思っている。とあるエンタメの現実(本性)(※後日追記するかも)を目の当たりに出来て本当によかった。
そういうことを改めて想いなおす、今までに体験したことのない心境になったバースデイライブでした。
~あとがき
Shoyanのヴォーカルが少々アヤウイことは、この何十年実際今までに何度かあった。でもそれ以上の「音楽の心」みたいなものを感じられたから、いつも納得して満足していた。でも今回は少々どころじゃなかった(涙)、歌やギターの質の現実に音楽の必要性を感じる場面は薄かったように思う。いくら何か月ものブランクがあったにしても、これでは本当に「エンタメは不要不急のもの」ということになってしまう。それがとてもとても残念だ。本当は今こそ一番必要なものなはずなのに…。こんな非常事態の中「あぁ、やっぱり音楽は素晴らしい」って思いたかった・・・。
Shoyanご自身がこれからもこれでいい、これが今の俺なんだ・俺は音楽家じゃない・と思われるのならもうしょうがないことだけれど、もっとやれる・リベンジしたい、と思ってくれるのなら、私は次も聴きに行きたいと思う。Shoyanご本人はまだ新しい歌をお創りになる気もおありなようなので、それもとても楽しみにしている。
次は大分佐伯。故郷の人たち、校歌を歌う子供たち、新しいホールのオープニングの記念公演だという。まっすぐな純粋な聴き手の前で、次のShoyanがどんなパフォーマンスで臨むのか。今回のかつしかを踏み台にしてもいいから、次は、またその次は、と、どうか本来の伊勢正三に少しづつでも戻っていけるように、この"コロナブランク"を諦めないで挑んで欲しいと思います。
今回家族の反対・友人の心配と励まし・自分の命の選択、重いことばかりが関わった中で決めたライブ参加は、行ったその現場では後悔しかなかったが、今こうして想いをまとめればつくづく行ってよかったと思っている。とあるエンタメの現実(本性)(※後日追記するかも)を目の当たりに出来て本当によかった。
長々と、文句ばかりクドクドと書いた文章になりました。読んでご不快に思われる方が多いと思います。ごめんなさい。というわけで、ひとまずの正直な気持ちでした。
※しかし、撮影用のカメラなど入っていたけど、これ、このまま配信て無理じゃないかなとシロウトながらに思う(本音)。配信されるのならデジタルで音声(音程)編集などされるのだろうか?それとも関係ないカメラだったのか・・・。怖いもの見たさで待っている(^^;)。
プロフィール
HN:
No Name 七氏
性別:
女性
職業:
飲食店勤務のち遺跡発掘作業員のち学生寮管理人(いまここ)
趣味:
林道歩き・鉱物鑑賞
自己紹介:
伊勢正三ファン歴は浅いです。ソロの正やんしか知りません。行けるコンサートも少なく、ラジオ番組などは聴いたり聴かなかったりなので、既出なことも知らずに勝手なことを妄想して書いたりしています。「ものろーぐ」カテゴリの文章は最近の曲をのぞいて、以前書き溜めておいたものを手直しして載せています。
☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!
☆ミラーサイト(予備)
http://shoyanlove774.jugem.jp/
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☆提供曲などに関してべいどん氏のご協力をいただきました。心から深謝いたします。ありがとう!
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